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2F/当番ノート

指輪の跡と、日焼けと、混ざりあえないもの

当番ノート 第40期

疲れと眠気でしょぼしょぼした目で家のポストをのぞくと、ジュエリーショップからカタログが届いていた。クリーム色の紙に、やわらかな写真が載った表紙。

そこは、確かにジュエリーショップではあるものの、あまりその言葉は似つかわしくないお店だと思う。
カフェのようなほっと呼吸のできる感覚も、旅をしながら何気ない草花を写真に収めたような雰囲気もある。
「ジュエリー」という言葉の持つギラギラした印象がない。

なぜわたしが詳細にそこのイメージを持っているかというと、ここのお店をたずねて指輪をひとつオーダーしたからだ。
恵比寿にある小さな店舗。スタッフも多くなかった。
「ご来店の際はできるだけご予約ください」という文字を、オーダーした帰り道にオフィシャルサイトで見たくらい、勢いで押しかけてしまった。
それでも、自分のサイズに合った指輪が後日あらためて送られてくるのを楽しみに帰った。

数年前に結婚したわたしは、左薬指にはいつもプラチナの結婚指輪をはめている。
小さなダイアモンドが埋め込まれ、ゆるく波打つようなフォルムを持った銀色の指輪だ。

最初はその結婚指輪だけで過ごしていたけれど、まるで自分が「妻としての役割」のために存在するようで、わたしの全てがプラチナとダイアモンドの輝きに呑まれてしまうような感覚に陥った。

だから、わたし自身のための指輪が欲しいと思った。そんな指輪を買うなら憧れのお店がいい。
そうして以前からずっとウェブサイトを眺めていたお店を訪ねたのが去年のこと。
やっぱりジュエリーショップというイメージとは違うお店だった。

やわらかなゴールドの、やさしい遊びを含んだデザインの指輪は、白いリボンがかわいらしく結ばれて、小さな箱におさまった形をしてわたしのところにやってきた。
嬉しくて右手を何度も何度も眺めた。たくさん右手の写真を撮った。
自分を励ましてくれるようで、相棒のようにかわいがった。

その指輪をつけて過ごすことが当たり前になり、楽しくなってしまったのか、なんと今や右手指に合計3本の指輪をしている。

気分によって全部つけたり、一部をつけたりはしているけれど、全部外すことはない。
特に最初に買った薬指の指輪は、まず外さない。
わたしの原点のようなやわらかな輪に、ときどき左手の指で触れる。
なめらかなゴールドの質感に不思議と落ち着く気持ちになれた。

でも、ふと、不安になった。

指輪の力が強すぎて、そして指輪に頼りすぎて、頼りない右手に・頼りない自分なっていないか。
そこで、右手の全ての指輪を外してみた。
するといつの間にかすっかり指輪焼けができていて、指の根元がくっきりと白かった。

太陽はわたしが指につけていた大切な指輪たちを避けて、わたしの肌だけをうすい褐色に焼いた。
つまり、指輪はわたしの一部にはなってくれていなかった。大事にしていた指輪は異物だと思い知らされた。

「わたし自身のための指輪」って何だったのだろうか。
わたしはいろんな顔を持っている。個人の顔、働く人としての顔、妻の顔。

「自分自身」というものは一番自分に近いようで、案外、一番遠いものかもしれない、なんてことを思う。
どうしたって人は誰かとの関係の中でしか生きられないし、ひとつにはなれないのかもしれない。
こんな小さな指輪たちともひとつになれないのだから。
ひとつ、小さな絶望をおぼえた。

誰かと語り合い、微笑み合う。時には争ったり、体を寄せ合ったりもする。
その中で「異物」として存在し続けてくれているもの、つまりわたしの指輪は、とてもシンプルなことを教えてくれた。

どんな人ともひとつになることは、きっとできない。
だってこんな小さな指輪ともつながることができないのだ。
その絶望は、人との繋がりを欲して苦しんでいた頃より、ずっとあたたかな絶望だった。

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こんなに文末ですが、はじめまして。ますぶちみなこと申します。
普段はフリーランスで、イラストレーター・クリエイティブディレクターの仕事をしています。

2ヶ月のあいだ滞在させていただくにあたって、書くと決めた題材は「物を通して見る他者との関わり」です。
今回は指輪の話でした。次回以降も様々な物を通して、他者(主に周囲の人)とのことを書いていきます。

わたしは普段、絵も描くし文章も書くのですが、どちらも「かく」と呼ぶので、仲良しこよしなのが嬉しいなと思っています。
絵を描くようにおはなしを書いていきたいと思います。
暑いこの時期に、冷えた香ばしいお茶を出せるよう準備してきました。
また気が向いたらぜひこの部屋にいらしてくださいね。次はお茶菓子もご用意しておきます。
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(BGM:愛が呼ぶほうへ/ポルノグラフィティ)

マスブチ ミナコ

マスブチ ミナコ

現代アーティスト。生きづらい自分が死を選ばないような工夫をや思考を重ねて、過去も含めた人生を作り直しています。自分の欲しいものは世界のどこにもないので自分で作ると決めました。

幼い頃から好奇心が強く、やりたいことが次から次へと増えていました。覚えている限り最初に抱いた夢は「ピアニストと獣医師(兼業)」。蓋を開けてみると、Webデザイナー、イラストレーターなど興味を持てばとにかくやってみるようになり、見たことのない景色を見るために「深める」「広げる」にこだわらず波乗りできるアーティストに転向しました。

Reviewed by
たかだ まなみ

【僕を知っているだろうか いつも傍にいるのだけど】
 
暑い暑い暑い。
ますぶちさんのアパートメントでやすもう......。
あ、クーラー効いてるし、お茶も冷えてる~!
ごくごくごく。ぷは~~!うん、夏はやっぱり麦茶だよね!
  
 
サンダルをぱたぱた脱ぎ散らかして部屋でくつろぐ。
少しご紹介すると、このアパートメントには絵がたくさん飾ってある。
畳の部屋もあるし、こげちゃがいい味出してるフローリングもある。
モノは少ないけれど、
どれも彼女のお気に入りなんだろうなってすぐにわかる置物がある。
それがこのアパートメント。あなたもいっしょにどうですか?
  
  
暑すぎて、時間までもが蜃気楼のようにゆらゆらする夕方。
逆光で良く見えないけれど、窓辺に光る指輪たち。
夏の夕方の長い影が、私もいれて、と部屋の真ん中まで侵略してくる。
あなたはいれてあげない、と私はカーテンを閉めて少し眠ったのだった。
 
 
夢のなかで、わたしはむかしの恋人と再開した。
顔はもうはっきりおもいだせない。
でもだいすきだったの。
すごくすごくすごくすきで、彼の部屋からろくに出ることもしないで数か月すごした。
あれも、たしか夏だったなぁ。

ある夜、酔っ払って彼の部屋に戻ると、なぜか彼は怖い顔をして待っていた。
私はデロデロおばけのように近づいて、お構いなしにキスをした。
彼がなにか怒鳴った気がしたが、覚えていない。
耳鳴りと酔いと水分不足。若さだけがかろうじて私の足を支えている。

(すきだすきだすきだ!まじですきだー!)
やっぱり彼はなにか怒鳴っている。
しかたないじゃんね~好きなんだから。うふふ~。
彼に寄りかかろうとしたその瞬間、足がもつれて何かを怒る彼にぶつかった。
 
がりっ。 
 
 
 

 
......私の前歯と彼の前歯が衝突し、ふたりとも悶絶したところで目が覚めた。
  
  
  
おかしいな~なんで、私とあなたは異物なんだろう?
どうして溶けあってぐちゃぐちゃになって、心も体も共有できないんだろう。
  
「いやいや」
「そもそも、私たちもひとつになんかなれてないですよ?おバカさん」
 
 
ゆ、指輪がしゃべった!(んなわけない)
  
   
薄暗くなった室内で、温かいこえがふわりと響いた。
「僕を知っているだろうか いつも傍にいるのだけど」
   
もうすぐ月がのぼる。

<つづく>

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