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2F/当番ノート

道は傷みたいだ

当番ノート 第55期

物理的な道でも、心理的な道でも、どこかへ進もうと思うと、やれ段差につまづくやら、思ってもいなかったことで苦しい思いをするやら。道端のねこがかわいかったり、カフェや本屋に目移りしたり、だからケガするのになあ。

時には自分で思ってもいない、とんでもない道に「ほいっ!」と掛け声をかけて飛び移ってみたりする。またケガするかもなあ、と思いながら、今までの傷をちょっとずつ縫ったりひとやすみしたり、もっと、そういうのが、うまくできればなあ。とだけ、ずっと思っている。

マスブチ ミナコ

マスブチ ミナコ

現代アーティスト。生きづらい自分が死を選ばないような工夫をや思考を重ねて、過去も含めた人生を作り直しています。自分の欲しいものは世界のどこにもないので自分で作ると決めました。

幼い頃から好奇心が強く、やりたいことが次から次へと増えていました。覚えている限り最初に抱いた夢は「ピアニストと獣医師(兼業)」。蓋を開けてみると、Webデザイナー、イラストレーターなど興味を持てばとにかくやってみるようになり、見たことのない景色を見るために「深める」「広げる」にこだわらず波乗りできるアーティストに転向しました。

Reviewed by
かみはら えみ

マスブチさんは、お会いしたことがないけれど。どうも、わたしが歩いてきた道を知っているみたいだ。

気がつくと、洞穴みたいなグシャグシャの道にいた。爪も手も泥だらけで、顔はニキビだらけで。頭痛がすごくて回復薬が手放せない。
今、すごく話したいことがあるけれど、これは重く危うく、インターネットの海に流すことをためらってしまう。認めたくない、膝小僧が汚らしいわたし自身がいる。認めたくないくせに「それも、お前なのだ」と誰かに頷いてほしいとも願っているのだ。あさましくて、ずるい。そのくせ、今日は全然ちっとも手が動かない。書いては消して書いては消して。ああ…なんて煩わしい臆病者なのだろう。

お茶をグッと飲み干し深く呼吸し、もう一度マスブチさんの部屋をよくよく見渡す。
紙の擦れる音、芳ばしい香り、足元には柔らかくて抱きしめたくなるような生き物の感触がある。深呼吸する必要を忘れる透明な空気が頬を撫でて、わたしを通り過ぎていく。

……そうでした。ここはひとやすみしていい、アパートメントなんだった。

ふと、マスブチさんが散歩から戻ってきた。
“そうゆうのが、うまくできない”わたしの泥まみれの手をとって、洗面所に案内してくれた。渡してくれたハンドソープは、水とこすり合わせるとフワフワに泡立って、懐かしい香りが漂った。「泥を落とせたら貼るといいよ、」と、大きめの絆創膏を置いて、ふらっと部屋を後にした。

去り際の彼女の手に、同じ絆創膏が貼ってあるのがみえた。熱いものが溢れてしまって、わたしは緩めた蛇口をなかなか止められなかった。

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