通奏低音のある風景

第8期(2013年4月-5月)

才能や技術がなくても、口笛でもできれば誰でも作曲ができるのだと聞いたことがあります。
何年か前、ガレージバンドでちょっとした打ち込みの曲を作ってみようとしたことがあったのですが、どういじくり回しても一曲も完成させることができませんでした。一つのフレーズ、コード進行を作っても、それを発展させることができないのです。どのように脳を使ったらいいのかがわからないのです。
一つの情景があってもそこからなにも発展していかない。おそらく時系列を加えて考えることが苦手なのでしょう。そう言えば小説を書いたことも一度もありませんでした。脳の癖のようなものだと考えています。

絵でも音楽でもそうですが、ライブ感といいますか、人間がどのように動いてそのものを作り出していくのかが見えるものは独特の魅力があります。音楽でしたらまさにライブハウスなどで目の前で音が作り出され消えていくのを見るのは大変面白いものですし、絵でしたらポロックや白髪一雄の作品などはライブ感を一枚の平面に凝集させたものだと思います。
見ているほうも人間ですから、身体感覚を作り手と共有できるのは大変な魅力です。

ヘルツはどんどん上がっていくのに、ドレミファの音階が循環するのはなぜなのか。

8つ白鍵のなかに2+3=5つの黒鍵が、合計13の鍵盤があるのはなぜなのか。

(2、3、5、8、13はフィボナッチ数です)

音楽、和音に関しては、知らないこと大変多いです。

和音を発見したのはピタゴラスだと言われていて、鍛冶屋から聞こえてくるハンマーが同時に打ち鳴らされたときに調和する音と不快な音があることに気づく、彼は鍛冶屋に駆け込みハンマーの重さを調べた。その結果、調和する音を出すハンマー同士の重さは2/1、3/2、4/3などの単純な比になっていることを発見する。

どうやら単純な数字から美というものは生まれてくるようです。

身の回りに潜む数字について知るたびに、プラトンの喩えの中の洞窟で、炎にてらされた影だけではなく、その本質を垣間みることができたような気がするのです。