猫との平和条約

第9期(2013年6月-7月)

ロモちゃん。オス。
わたしの可愛い同居猫。

ロモちゃんは、わたしと恋人が付き合う直前に恋人が飼い始めた猫。
ほんとうの名前はロモなのだけど、しかもオスなのだけど、恋人もわたしもロモ「ちゃん」と呼ぶ。

人生には予期せぬことが起こるのは常だけど、今までの人生で動物と過ごしたことのないわたしにとっては、猫と暮らすということもまた、まったく予期していなかった出来事のひとつだった。

ロモちゃんが恋人の家にやってきて半年くらい経った頃、わたしも彼らと共に暮らすようになった。

暮らし始めて数ヶ月は、眠っているときによく襲撃された。
布団からはみだした足首をおもむろに噛まれ、明け方になると閉じた瞼に猫パンチされた。
わたしもロモちゃんも「やられたらやり返す」の精神にのっとって、
攻撃してきたロモちゃんを、彼の怖がるドライヤーで追いかけ回し、
隠れて襲ってこなくなったなと安心して背を向けると、足首を全力で噛んでくるという、いたちごっこを繰り返した。

今までたまに家にやってきていた飼い主ではない人間が、なぜか毎日家にいる。
彼にとっておそらくわたしは、突然のこのこやってきて、飼い主をひとりじめにさせてくれない、やきもちの対象だったのだろう。
そしてわたしもまた、わたしと恋人の間にあたりまえに他者がいるという状況に慣れていなくて、ロモちゃんに対してすこし、やきもちをやいていたのかもしれない。

その後もロモちゃんとわたしによる「第一次やきもち大戦争」はしばらくの間戦火を絶やすことなく、安眠できない日々で満身創痍のわたしは、恋人に訴えて立派なキャットタワーを購入したり、寝るまでに猫用のおもちゃで存分に動き回らせて疲れさせる作戦に打って出たのだけど、効果はあったりなかったりだった。

そんなある日、ロモちゃんが手術をするために、1日入院することになった。
仕事を終えて帰宅すると、恋人が病院に連れて行った後でロモちゃんはもう家にいなかった。

いつもなら足下をふわふわと動き回って、見えないところにいても呼んだら返事をしてあらわれて、噛んだり、暴れたりしているのに。
たった1日家にいないだけで、ぽっかりと穴があいたような気持ちになって、その日の晩ご飯も、なんだかお通夜のような気分だったのを覚えている。

いつの間にかわたしにとっては2人と1匹で暮らすことは特別なことではなくて、
2人と1匹でひとつのまあるい円を描いていることを知った。

こうして暮らしはじめて2年と少しが過ぎた。

「ただいまー」と家に帰ると、すかさず玄関に走ってやってきて、
わたしが彼の身長よりも少し高いところに手を翳すと、2本足で立って翳された手のひらにトンッとおでこをぶつけてくる。

一日に数度、喉をゴロゴロさせながら甘えた声で鳴きはじめるとわたしは横になって、
そうするとわたしの上にのって顔にすりすりしながら、調子がいいとそのままくつろいでしまう。

必要以上に攻撃してくることもなくなったし、
わたし達はいつの間にか終戦を迎えて、平和条約を結んでいたようだ。

これを書いている間にも、ふっと視線をやると、
だらりとくつろいでスーン、スーンと、寝息を立てているロモちゃんの姿が側にある。

今でも時々、不思議に思う。

長いしっぽを持った、横長の楕円の顔の、全身がふわふわした、たまらなく愛おしい、
人間ではない生き物と暮らしていることに。

やさしく抱きしめてふわふわしたおなかや背中に顔を埋め、胸いっぱいにいい匂いを満たす。
そうすると怪訝な顔をしながら、わたしの顔が触れていた部分を必死に毛繕いしはじめる。

なにかの偶然がいっぱい起こって、どうかわたしより長生きしてくれないかなぁ。

そんなことをぼんやりと思いながら、彼が毛繕いしたばかりの体に
もう一度、顔を埋めてみた。