私的でよそいきな断片

第9期(2013年6月-7月)

夏休みの最終日。
ぜんぜん宿題をやっていなくて、夏休みの前半の出来事や天気なんて全然もう思い出せなくて、
それでもなんとか必死に振り返りながら、絵日記を完成させた。

もう、あれから20年くらい経ったのに、
まったくそれを彷彿させる、毎週木曜日は、夏休みの最終日。

この2ヶ月間、わたしの当番である金曜日の前日の木曜日は、いつもそんな気持ちを思い出した。

2ヶ月前。
タカヒロさんからアパートメントへ声を掛けてもらったとき、とても嬉しかった。
その一方、不安が嬉しさの一回りくらい大きかった。

計8回も締め切りをおとさずに書くことができるか自信がなかったし、
案の定、毎週夜中にわんわん喚きながら「書けない、眠い、書けない、眠い」を繰り返したし、
週刊連載の漫画家の苦悩を勝手に想像したし、
周りから見ても痛々しいくらいには、気負っていた。

人を形成しているものは、なにだろう。
細胞とか、臓器とか、だけじゃなくて、
しゃべる、触れる、その仕草、動き、その複合的なものの集まり。
そして、こうやって文章を書くこと。
例えばあなたの目の前に現れたわたしは、文章のわたしとは、なんだか違うかもしれない。

これまでに書いてきたことについて、
常々そういうことに思いを巡らしているわけではないし、
正直、人から見られることを意識して、格好つけようとしたところもありました、恥ずかしながら。

だけど、書かれたことはわたしを形成する一部として確かに存在している。
誰かの手に渡ったときに、その一部がそれぞれ形をかえていたとしても。

最後まで書くことのできなかったこともあったし、
もっと触れたかった人もいたし、
それはまたどこかの機会に書けるようになるかもしれないし、ずっとその時はこないかもしれない。

ひとまずは、最後の夏休みの絵日記を提出して、
始業式からの日々に戻りたいと思います。

今回誘ってくれたタカヒロさん、アパートメントのみなさま、
わたしのつたない文章を読んでくださったみなさま。
本当にありがとうございました。

誰かに知ってほしかったこと、
伝えたかったこと、
なにものでもないわたしが、なにか、あなたの一部に触れることができたならば、嬉しく思います。