たんぺん!ぺん!ぺん!

第10期(2013年8月-9月)

たんぺん_タイトル

フクノカミ_タイトル

アパートに帰ってくると、「ついに来た」と思った。
玄関の前にフクノカミがいた。

まるで七五三みたいな坊っちゃんスタイルで、玄関ドアを見つめたままちょこんと正座していた。母から教えられた通りだ。
「ちょっと待っててね」
私がそう言うと、にこりと笑って頭を小さく縦に振った。玄関ドアを開け放したまま、急いで部屋に入り、細野晴臣さんの『HOSONO HOUSE』とラジカセを抱えて戻る。キッチン脇のコンセントにラジカセをつなげ、再生ボタンをポチリと押す。流すのは7曲目『福は内 鬼は外』。大音量で。近所迷惑なんて気にしてられない。

ここでのポイントは『福は内 鬼は外』を3回リピートさせること。母はそう私に教えてくれた。

『福は内 鬼は外』が3回流れ終わると、フクノカミはゆっくりと立ち上がり、家の中へ入ってきた。私はフクノカミをソファに案内して座らせる。

鍋に水を溜め、湯を湧かす。沸騰したら、パスタを入れて茹でる。茹で上がったら水洗いして、大根おろしとシーチキン、カイワレ大根をのせ、上から青じそドレッシングをかける。大丈夫、母の教えを信じよう。

一緒に出来上がったパスタを食べた。簡単だけど、なかなかいける。フクノカミも器用にフォークでパスタを巻きつけ、もくもく食べている。「おいしい?」と聞くと、こくりとうなずいた。その小さな仕草がまるでかわいい。

食べ終えたら、私はいそいそとゲームのセッティング。これからマリオカートで遊ぶのだ。しかもスーパーファミコン版。ここでのポイントはバトルゲームでフクノカミが降参するまで、完膚なきまでに完全勝利すること。私はこの日のために修練を積み重ねてきた。おかげで非情なほど強くなりすぎてしまい、友人を数人失ったほどだ。しかたない。もちろんフクノカミはすぐ根を上げた。もちろんだ。

そうするとフクノカミは眠くなると母から聞いている。しばらくすると、眠たそうに目を擦りながら頭がゆらりと揺れ始めた。子供用布団を押し入れから引っぱり出して広げる。(私は独身だが、この布団もこの時の為に用意しておいたのだ)すると自らそろそろ動いて布団に潜りこんだ。ほどなく寝息が聞こえだした。

私はふ〜と息を吐き、肩の力を抜いた。
完璧だ。

片付けを済ますと、私もベッドに入り、達成感とともに眠りに落ちた。

次の日、布団からも部屋からもフクノカミは消えていた。ソファの上に甘栗が置いてあった。

この甘栗、世界一美味いとのこと。楽しみでしかたない。

フクノカミ_イラスト

涙のセカイ_タイトル

ワタシは涙。
たった今、ネネちゃんの目頭に、溜まりこんでいる。

はじめてさわった外の世界は、びりびりとワタシの体をつついた。気持ちよくて、これが風なんだなって、涙が出そうになった。涙が涙を流すなんて、なんかおかしいかな?

ワタシはネネちゃんの中の湖にずっといた。そこはすごくにぎやかな場所だったと思う。波ひとつない水面には、ネネちゃんの映画が流れていた。ネネちゃんの見ているものが映っていて、ネネちゃんの気持ちが字幕になっていた。ワタシにはまだ涙としてのカタチはなかったけど、湖の中にはカタチのない涙がたくさん混ざりあっていた。ワタシは水面を見上げながら、いつもみんなと一緒にネネちゃんを感じて、喋ったり笑ったり、時には悲しくなったりしていた。ネネちゃんとワタシたち、いつも一緒にいた。

「外の世界って、どんなだろう」

これがワタシたちの共通のギモン。ネネちゃんの見ているものと感じている気持ちから、ワタシたちはいつも想像して相談した。
ひそひそ。ひそひそ。
それは湖に小さな波が立ってしまいそうなほど、楽しい時間。

湖の中でワタシたちは順番待ちをしていた。ネネちゃんが涙を流すと、少しずつ外の世界へ旅立っていけるのだ。だんだんと順番が近づいてくると、みんな期待で胸がいっぱいになって、相談事はひそひそから、わーわーになった。

そうして、ワタシの順番がきた。ワタシは湖の底の小さな穴から、ここまで流れてきた。目頭に充分に集まったワタシ。ネネちゃんがまばたきをパチンとしたら、きっとスタートだ。

パチン!

ネネちゃんのほっぺたを降りていく。
透明な体の中を風がすりぬけていく。
ワタシ、まるで永遠になってしまったみたい。
一瞬の出来事が、長く長く引き伸ばされていく。
感じてしまうことが多すぎる。
まるで閃光だ。

ずっと見ていた。
目が離せなかった。
映画とは違う本物世界の色彩!

全然違うよ。ネネちゃん全然違うよ。

ワタシは叫ぶ。

ネネちゃんバンザイ!
ネネちゃん大好き!

ぽとり。

ワタシは流れきった。
ありがとう。聞こえたらいいな…。

悲しい涙でも、苦しい涙でも、悔しい涙でも、感動の涙でも、嬉しい涙でも…
どんな涙でだって、ワタシたちは大興奮で流れ出る。

大絶叫で、大満足だよ。

涙のセカイ_イラスト

ホンネちゃん_タイトル

時々、自分の中にある渦巻きみたいに混沌とした混乱を、洗いざらい言ってしまいたいと思える人に出会ってしまうことがある。
そういう人の肩には必ず、ホンネちゃんがちょこんと座っている。

ホンネちゃんはおかっぱ頭の女の子。肩に座って、ニコニコと微笑んでいる。ホンネちゃんを連れている人も、ニコニコと微笑んだ人が多い。

そして「実はね…」という具合に、それが礼儀のように、自分のことを洗いざらい話してくれる。良いことも、悪いことも、楽しいことも、辛いことも、いい考えも、悪い考えも、ニコニコと話してくれる。カッコつけもしないし、何か大きなものにしようともしないし、いばったりもしない。ただただ、自分の中にある混乱を、当たり前のように見せてくれる。

そういうホンネちゃんを連れた人に出会うと、自分だけがたった一人きりで混乱の中にいるんじゃないんだなと思える。みんな、それぞれの深くて大きな渦の中で、もがきながら、息つぎをしながら、なんとか泳いでいるんだなと感じることができる。

だからこちらも「実はね…」という具合に、それが礼儀のように、自分のことを洗いざらい話すことができる。私はこんな混乱を持っているんですよ。この渦の中で泳いでいるんですよって。ホンネちゃんを連れた人には、腐らずにニコニコと話すことができる。

ホンネちゃんを連れた人は、うん、うん、と聞くだけで、答えなんてものは言わない。ただ、ホンネちゃんと一緒に、ニコニコしていてくれる。答えなんて簡単に言われてしまったら、せっかくの混乱が、もうまったく別の、だれか知らない人のものになってしまう。ホンネちゃんを連れているからって、本音ばかりを声に出すわけじゃない。ボリュームゼロの本音だってあることを、知っていてくれる。

ホンネちゃんは時々、何ごとかをコショコショと、連れている人の耳に手を当ててしゃべる時がある。そういう時は、連れている人の口から突拍子もない面白い話や冗談が飛び出たりする。それはもう夏のヒマワリみたいに強力なパワーを持っていて、いっぺんに笑いの世界に引き込まれてしまう。

街を歩いていると、あそこにもここにも、ホンネちゃんを連れた人を見かける。その度に、ホンネちゃんを連れられるような人に私も早くなりたいなぁと思う。

早く来てくれ!ホンネちゃん!

ホンネちゃん_イラスト