Carpe Diem

第13期(2014年2月-3月)

俺はロシア人だ。つまり、明日がどうなるか分からない、価値観が災厄なやり方で3回も変わった国の人間だ。今日あなたが元気で散歩してるとしても、明日は路地裏のゴミ同然になっているかも。今日はお金持ち、明日はホームレス。全てのために戦うことを余儀無くされている。バスに乗ることさえ社会戦だ。人の視線を常に気にしないといけない国、理由なき笑顔はアホの証拠とされてしまう国だ。女性がナンパに慣れていて、何か面白いことをしない限り振り向いてもくれない。老人が憎しみに溢れていて可愛がってくれない。
唯一の自慢は俺が受けた教育。そしてロシア人の広い魂と仲間への拘り。ほかはロシア人であることがとても恥ずかしい。教育という教育を受けた人もロシアから逃げていく。俺は悲しい歴史の国の人。ただ、自分のことを可哀想だとは思わない。恥ずかしながらも育ててくれた親や環境に感謝している。複雑ね。
今の若者がロシアを素敵な国として認識しているのかもしれないが、俺にはよくわからない。
だから俺は国や宗教に拘らない。人のアイデンティティはそれらを遥かに超えていると思う。魂はそれ以上に広いものだろ。
俺が日本に住んで、日本語で夢をみて、日本の女を愛し、日本で使命をみつけ、染み付いていたロシア人らしき雑草を抜き、日本の価値観を植えていた。どこの人ですか?と聞かれると困る。魂の代わりに、土地が人間の原点だと勘違いしてる人は多い気がする。
俺の心の中には一本の木が今でも根強く立っていて、どうやっても抜けそうにない。それは明日の自分や自分の未来を信じないことだ。ロバのように目の前のニンジンを追いかけるのは勘弁だ。ヒンズー教やチベット仏教を受けているから、待ち、飢え、屈辱はおてのものだが、今日に生き、喜びも、痛みも、悲しみも、恐怖も、勇気も、ここですぐ100を飲み込みたい。一滴も残さず。

とても感情的、ナルシスチックな話だが、今はそういう、何もかも、全ての心の土を耕して、新しく植えたい気分だ。

許せるなら許しておくれ。