倉庫とパッケージ、2。

第21期(2015年6月-7月)

俳優になったのは何故か?の、物語。

忘れないように努めていることは、
やがては忘れてしまう事であり、
思い出さないようにしていることは、
何かの拍子に必ず思い出してしまう事である。

この二つの事柄は、
或いは別々の倉庫に同じ名前で保管されているか、同じ倉庫に別々のパッケージで保管されている。
つまり、
記憶というものは僕たちの意思や考え方だけでは完全には管理できないもので、その類似性が記憶の引き出しの取っ手のような形をして時折、僕の人生にその重要そうな「何か」を問いかけて来るのだ。

友人宅のベランダで午後二時『15の夜』を唄っていた頃、僕は毎日のように昼間からワインを飲んで、少ない宿題を何時間もかけて終わらせ、ベランダから見える蒼くて狭いルネサンスの空を見上げていた。
6月のフィレンツェは当然と言えば当然のように梅雨というものがなく、花が咲き乱れ、春から夏へのグラデーションが日増しに濃くなって行くような日々だった。

自転車を買った。確か5月のことだ。

フィレンツェで暮らしている、その実感が欲しくて、何軒かある自転車屋を巡って、臙脂の自転車を買った。ライフ・イズ・ビューティフルでベニーニが乗っていた様な型の自転車を買って、慣れない石畳のバウンドを身体に覚えこませていた。
その年、フィレンツェを本拠地とするフィオレンティーナはコパイタリアに優勝していた。
僕は何度もスタジアムに足を運び(いや、自転車で運ばれていた)、ルイ・コスタやバティストゥータを生で観て、サッカー少年だった興奮を爆発させた。
あの小さな街で、自転車は翼にも似た乗り物だった。サンタマリアノベッラから、チェントロを過ぎ、スタジアムまで僕は訳もなく、往復し、フィレンツェの赤い夕焼けをポンテヴェッキオで眺め、街灯がオレンジ色の灯を燈すまで自転車に乗っていた。
6月は、ヨーロッパのサッカーはシーズンオフだ。
コパイタリアの熱がまだ残る、紫色のルネサンスの街を僕は初夏の風を感じながら過ごした。

サッカーを忘れたかった。

プロになる事を諦めたのだから。一刻も早くサッカーを忘れたかったのに、結局のところ、どこに住んでも僕を熱狂させるのはサッカーだった。
シーズンの終わった街で、コパイタリアの熱を振り切ろうと自転車を走らせても、熱は冷めなかった。忘れたかった。熱を冷ましたかった。
そうこうしてるうちに、街には夏が、静かだけれど確かに、その蒸れた熱を振りまきながらやって来ていた。
アトランタオリンピックで、日本がブラジルに勝って、マイアミの奇跡と賞賛されているのを誰かのうわさ話に聞いた。
世界の何処にいても、どんな季節でも、サッカーは僕の耳と目を奪っていた。
そう、逃げても仕方ないのだ。サッカーから逃げるのでなく、何かを、他の何かを選んで暮らさなければ、人生は恐ろしく窮屈なものになるのだ。

自転車が盗まれた。

ある朝の事だ。
学校に行こうと家を出て、愕然とした。自転車が停めてあった場所には断ち切られた鍵だけが無残に放置されていて、自転車は跡形も無くなっていた。僕は翼が生えたのだと思う事にした。
僕に生えていた筈の自転車という翼は、自転車そのものに移し変えられて、ある夜、すべての人が寝静まるのを待って、何処かへ行ったのだ、ペガサスが飛び去る様に。
喪失感、そう説明すれば美しいのだと思う。でも、それは正しい説明ではない。いや、正しい説明などというものがないのだ。他の誰かから見れば、それは単なる自転車の盗難に過ぎないのに、僕にとってはイタリア暮らしの殆ど全てが自転車なのだから。盗まれた事実と、それによって発生する喪失感とは因果関係こそ同じだが、結果は、影響は全く違うのだ。人生は客観性事実だけでも主観性事実だけでも解決しない。
だから、学校には歩いて行く事にした。サンタマリアノベッラは遠くなった。スタジアムへは行かなくなった。喪失感は、いや、喪失感に見えるこの結果は僕に新しい何かをもたらそうとしていた。

夏休みに一人、僕はトリノとミラノに旅をした。トリノではヴェネツィアという紛らわしい名前のホテルに宿泊して、オリンピックのサッカーの決勝を観た。ナイジェリアとアルゼンチンだったと思う。ホテルのベットの上で、ビールを片手に決勝を観たが、それは何処か遠い国の知らない人たちによる知らないスポーツに見えた。
そろそろ、僕は次の事を考えなくてはならないのだと思った。

サッカーの季節は終わった。幸いな事に日本もイタリアも四季のある国だから、きっと次の季節が来るだけで、いつかまたサッカーの季節が来るだろうと信じる事にした。もし、季節が一つきりしかない国に生まれていたら、サッカーの終わりはもっと絶望的な物だったに違いないと思う。
僕はトリノからミラノに向かう列車の中で、俳優になる事にした。いや、今までも考えなかった訳ではなかったけれど、真剣に、本当に決意的に思考を巡らせ、俳優になる事にした。

こうして僕は次の季節を選んだのだ。
映画なんて見ないし、テレビに出てる誰かを一人だって好きになった事のない僕は、列車の中で一人ほくそ笑んだ。
良いんだ、どうせならゼロから始めよう。と。