倉庫とパッケージ、8。

第21期(2015年6月-7月)

倉庫とパッケージ、8。

トリガー、の話。

僕らは普段、沢山の事を記憶している

束の間、街ですれ違った誰かの香水の香りから
幼い頃、想像を膨らませた架空のヒーローの必殺技まで
記憶は多岐に渡っている
時折、その事実の真実味について懐疑的な気持ちになるけれど
それでも、
僕らの頭のどこかにその景色や音や香りが鮮明に存在する以上、事実はどうあれ、
それは真実なのだ

僕は職業柄、台詞というものを記憶する
何ページの何行目にかかれた
誰かの台詞の次の自分の台詞
そう言ったものを記憶している
それはたったの一行の場合から、
25ページ分をほとんど一人で話すようなものまで
種類は様々であり
場合によってはその人物がつく嘘の共犯者として
場合によってはその人物の真実の手助けとして
覚え、話し、お客様の心に刻み込む

でも、大切な事は、
何を話したか、ではないのだ
どちらかと言えば、
どう話したか、なのだ
それは心持ちであり気持ちであり願いなのだ
僕らは書かれた文字の羅列を願いや叫びに変換出来なくてはならない
自分の記憶や妄想の中の近似値からサンプリングし
より早く、正確に伝わるためのアイデアを添えて
物語を影響し、御見物を誘導し、
ドラマツルギーを引き起こさなくてはならない
台詞は多くの場合、結果ではない
トリガーだ
このトリガーを如何にして弾くか
それを見られている

僕の倉庫にしまわれた、
パッケージされた記憶の数々は、
正しいトリガーと出逢ったとき、
突然景色が変わるように現れるものがある

ノスタルジー
センセーション

考え方は条件によって違うが
トリガーのもたらす、この影響を
その時々に人生に刻みつけなくてはならない

ゴッセというシャンパンがもたらすもの
スヌーピーのキーホルダーがもたらすもの
雷鳴がもたらすもの
誕生日がもたらすもの
トリガーはパッケージのキーを打毀し
記憶の倉庫から感情と情報を引っ張り出す
倉庫の鍵は見当たらない
きっと、
倉庫の鍵は『死』なのだ
その鍵を僕らは手にする事なく日々を生きる
愛する事を欲し、
愛される事を求め、
夢を見て、現実を受け入れ
時折、ポケットの東京タワーでバスに乗り
月の裏側を目指し、
新宿を別の地名で呼び、
50万円のワインを飲み、
その鍵を手にする日まで、懸命に生きるのだ

俳優になった事で、
記憶するものの種類と数は恐ろしく増えた
また、一方で
忘れてしまった事の数と種類も恐ろしく増えた
今回はこんなに素敵な場所を紹介して頂いて
本当に少しだけど、
僕は僕の記憶と物語に触れた
久しぶりにトリガーを見出したもの
ずっと書きたかった事
本当にいろんな事をいろんな形で書けた
僕は幸せでした。
ありがとうございます。
文章を書く事は人間に生まれた最大の喜びです
だから、これからも書いて生きていきたい

またの機会がある事を心から願っています。
だから、さよならじゃなくて、チャオとしておきます。
(笑)
チャオ。

スヌーピーのキーホルダーを
右手の人差し指でクルクと器用に回しながら
彼女はこっちを向いた
真夜中の246には
人通りはほとんどなく
月は恥ずかしそうにあっちをむいて
黄色い背中を僕らに向けていた
多分、渋谷に向かっているはずだ
一本目のシャンパンの名前が
どうしても思い出せなかった
二本目にはバローロを飲んだ(確か)
ネッビオーロの纏わりつくような香りと
切り出したばかりの木の香りとが
鼻孔の奥に微かに残っていた

そのキーホルダーどうしたの?
貴方の鞄から外したのよ
そうだと思ったよ

その瞬間
キーホルダーは彼女の人差し指をするりと抜け
246の上へと舞った
スヌーピーはその意味深な澄まし顔を
対向車線の方へと向け
マックスマーラの看板とほんの束の間
重なって見えた後、アスファルトへと落ちた
僕らは揃って道路へと飛び出した
車も人も猫さえもいない真夜中の道路で
二人してキーホルダーを拾った
遠くの空が薄っすら白み始めていた
右手へ折れる坂道を横目にして
僕らはキスをした
ネッビオーロの香りは脳に達したようで
その官能的な蜘蛛の巣を広げて
僕と(彼女と)
彼女を(僕を)
丁寧に絡め取った

あのワイン、なんて名前なの?
バローロ、だよ。
フランチェスコ・リナルディの。
覚えられないわ
覚えなくてもいいよ
どうして?
忘れそうになったら、また飲めばいい

もう月は見えなかった
あのキーホルダーがどこに行ったか
僕は覚えてない
鞄には代わりにとでもいいたげに
小さな指輪が下がっていた

忘れないように努めていることは、
やがては忘れてしまう事であり、
思い出さないようにしていることは、
何かの拍子に必ず思い出してしまう事である。

この二つの事柄は、
或いは別々の倉庫に同じ名前で保管されているか、
同じ倉庫に別々のパッケージで保管されている。
つまり、
記憶というものは僕たちの意思や考え方だけでは完全には管理できないもので、その類似性が記憶の引き出しの取っ手のような形をして時折、僕の人生にその重要そうな「何か」を問いかけて来るのだ。