建築の話3

第21期(2015年6月-7月)

「私たちが日常生活の諸事にかまけている間は、その目覚めている記憶の視界は狭いものである。昨日や先月あるいは去年起きた出来事はこまごまと想起されようが、わたしたちの生涯のなかでははるか遠い出来事となると、もはや殆どわたしたちから逃げ去っているものだ。むろんそれらが起ったということは覚えてもいようし、どんな位置で、どんな連関の下にあったかも知ってはいよう。しかしそれらは見えないのである。 」(※1)

コラールが述べるように、現在のわたしたちから離れてしまったものはわたしたちには「見えない」。それはわたしたちとは関わりのなかった未だ体験したことのないことも含まれる。
無数にある事物を統序していたその序列は解体され、朦朧とした雲の一団となってわたしたちを取り囲む。今や、歴史もまた何者かの解釈によって生み出された幻影の総体に過ぎなくなり、過去の膨大な死者の存在、彼らの羅列される無秩序な物語だけが確からしくも思える。それら確からしい物語に「私」を投じて、「私の物語」として彼らのそれを限りなく接近させる愚を犯すやもしれない。けれどももしかするとそれは愚でもないかもしれず、確信犯的に行なうのであれば。わたしたちははじめはある収集家を装い、過去の無数の物語の中からいくつかを選び出して、自身の内奥の思考へと格納し、自分の物語と同居させるならば、わたしたちの思考に「私」といったまやかしはもはや必要なくなる。確かめなければならないのは「私」を構成するために同居するいくつかの物語の存在と、構成の形式そのものである。

「私」を構成する、とは体系化ともまた異なるものでもあろう。すべては自身の直観的な働きかけに依る。歴史とは過去を年代にそって秩序づけるだけではなく、なによりもまず体系を打ち立て、その体系に従い過去を秩序立てるものであった。秩序に従うものは肯定的な位置を得、そぐわないものは否定的なものとして正統から区別された。さらに一見無関係に見える無数の集合や無駄とも思える多量のデータ群は洗練化の中で打ち捨てられ隠蔽された。そして洗練された秩序そのものが伝統という嘘のような重圧としてわたしたちの上に被さってくるのであった。我々はそろそろ伝統と同じ地平に立って(肩を並べて)伝統の深奥を見つめることを必要とされているのではないか。体系化された伝統も、わたしたちと同じく無数の散らばった過去の大群から生み出されたものであるということをである。原始社会においては、人々の呪術的なある共通した観念世界が実社会のコミュニティの骨格・支配構造を作り上げていた。それは常に人々の周囲にある自然世界に対する畏れからきているものでもあっただろう。日本においては天災に対して荒神なる破壊と守護の両義的な神が人々の意識の内に現われ、ヨーロッパでは先駆的文明を築いたギリシャにおいてもプラトン以前の哲学者と呼べる観念世界を考究する者たちは、主に自然という、自身に対して外部の実体について論じることを試みた。それは人間の発生時期を起点として思考する極めて通時的なものであり、神話や儀礼といった呪術的思考が形式化されたものとして、現代の我々は参照することができる。そして、そんな自然についての先人の思考がさらに我々の周辺にあるものとして考えるべきであり応答すべきでもあろう。

※1ディエス・デル・コラール、小島威彦訳『アジアの旅 —風景と文化—』、未来社、1967年。