第四話「28歳からの荒川修作」

第22期(2015年8月-9月)

今から考えれば、僕にとって、それは偶然ではなく、必然としか思えない、出会いでした。

荒川修作

彼に出会わなければ、僕はこんな生き方を選ばず、人間らしく生きていたでしょう。
荒川さんに出会ったことで、僕の生きかた、世界に対する考え方は、根源的に変わってしまいました。

荒川さんは世界的な芸術家であり、建築家です。
大学の恩師が「有名な建築家の安藤忠雄だって、荒川修作には、逆立ちしたって、かなわない」と、語っていたのを覚えています。
荒川さんの講演会がある事を、偶然ネットで知り、見に行きました。

荒川さんは70歳近いのに、情熱とエネルギーに満ち溢れています。そして、信じられないような話を語りはじめました。

「人類が数千年かけて産み出した、哲学も科学も芸術も、全部間違いだ!!
なぜなら、それはみな、人間が死ぬという前提で作られているからだ」
独特の訛りで、荒川さんは饒舌に語ります。

「僕が作った家に住めば、人間は死ななくなるんだ」

荒川さんは自信を持って断言しました。
講演会の会場で、彼はエキセントリックに自分の夢を語ります。

「僕は何千人も人が住める都市をつくろうしているんだ!!
その都市に住んだ人間は、人類の歴史上、全く存在しなかった、新しい哲学や科学、芸術を作り出すことができるんだ!!」

なにを言っているのか、ぜんぜんわかりませんでした。
なにを言っているのかぜんぜんわからないけれど、こんな大きな夢に、僕は出会ったことがありませんでした。
そして、僕がずっと探していたものが、ここにあるような気がしたのです。
講演会が終わったあと、僕は感激して荒川さんに話しかけました。

「お話、すごかったです。感動しました。」

「君は何をやっているのかね?」

「漫画を描いています」

「そうか、なら僕の思想をテーマに漫画を描いてみないかね?」

いきなり、無名で、何の実績もない漫画家志望の僕に、漫画を描いてみないかと誘ってくれたのです。
誰にも相手にされず、さっさと漫画をやめて就職したほうがいいと言われていた僕に。
この時の気持ちは、言葉で表現することができません。
さっそく荒川さんは、僕にフリーの編集者を紹介してくれました。
待ち合わせした御茶ノ水で編集者に会うと、こんなことを言われました。

「君ね…荒川さんの漫画は、ある著名な作家が描く予定だったんだ。その人が描くから、出版社も動くのであって、君みたいな無名な漫画家じゃ
無理だよ」

僕がその作家の名前を聞くと、

「宮崎駿 」

と、編集者は答えました。
以前、荒川さんと宮崎駿さんは講演会で意気投合し、一緒に街を作ろうと盛り上がったのだそうです。
そしてまずは宮崎さんが、荒川さんの漫画を描くという話だったのですが、事情があり、流れてしまったそうです。
僕はその話を聞いて、再度、感動しました。
荒川さんは宮崎駿の代わりに、無名の僕を選んでくれたのです。
荒川さんは、僕と宮崎駿を漫画家として対等に見てくれているんだ。
そう思うと、荒川さんへの感謝と、なんとか彼の力になりたいという想いが、どんどん湧き上がってきました。

僕は荒川さんの思想を漫画にするために、一年間全国を周り、彼が造った建築物を体験したり、多くの人から話を聞いて勉強しました。
荒川さんの思想は難解なのですが、キーワードとして、「天命反転」というものがあります。
「天命反転」は、天命を反転させること。
不可能とされているものを超えていくこと。
例えば、人は必ず死ぬと言われているが、死なないようにするために、考え、行動することで、人間の常識を変え続ける行為なのではないかと、僕は思っています。

荒川さんは戦前に生まれ、戦争で多くの人々が亡くなるのを間近で見てきました。
その悲しみと怒りから、死を克服して見せると誓ったそうです。
知り合いの少女が亡くなる時、荒川さんはずっと手を握っていたそうです。彼女が息絶えた時、叫びました。

 俺は必ず死を乗り越えてみせる!!

荒川さんの出身地である名古屋に訪れると、地元の人が、空襲で当時の建物はほとんど焼け落ちてしまったと、教えてくれました。
疎開から帰ってきた荒川少年は、焼け落ちた街を見て、なにを思ったのでしょう?

荒川さんは、最初は医者になって、不死の研究をしようと思っていたのですが、現実的ではないと考え、尊敬するレオナルド・ダ・ヴィンチの影響で芸術家になりました。
 そして渡米し、妻のマドリン・ギンズさんと二人で、身体の研究を続けてきたそうです。
そして宗教ではなく、哲学と科学と芸術を総合する方法で、
死なないための建築を作り始めました。

荒川さんが造った建物で、東京都三鷹市にある、三鷹天命反転住宅という、常識をはるかに超えたマンションがあります。外から見ると、丸や四角い部屋が連なっていて、カラフルなおでんのような形をしています。
 中は、床がぐにゃぐにゃしていたり、球形をした部屋でできています。
平らな地面になれた人間の体を、再び作りなおすための構造をしています。スムーズには動けず、常に新しい身体の動きを習得しないと生活できません。
そこは、まさに天命反転を実践する場所なのです。

僕は一年後、漫画とはとても思えない奇妙なモノを作りました。 三メートルほどの絵巻物の端と端をくっつけて、円環状にした作品です。
 漫画の本の常識に挑戦しました。
 漫画の本は四角い。
 はじまりがあって終わりがある。
 しかしこの漫画はループしているので、終わりはありません。また、円環の中に入って読むことができるのです。
「天命反転漫画」と名付けました。
漫画を読む人間を、天命反転させる道具です。
荒川さんに見せると喜んでくれて、是非
出版させようと、言ってくださいました。

 荒川さんの言う不死は、最初は何かの比喩なのかなと、思っていました。
でも荒川さんと話している時に、この人は本気なんだ!本気で、人間が死ななくなるために、全ての情熱をそそぎこんでいるんだ!と言うことに、気づいたのです。
その時、僕の中で何かが変わりました。

僕も死を乗り越えてやろうと、本気で思えたのです。
荒川さんがいう不死の意味は、僕にはよくわかりません。あの家に住めば死ななくなるのか、
まだわからない。
でも、荒川さんの情熱は、はっきりとわかりました。

全ての人間は死ぬと、みんなに言われました。
僕も死ぬしかないんだと、ずっとあきらめていました。

でも、荒川さんが挑戦しているなら、僕もやってやろうと思ったのです。
 何百年、何千年、何億年でも、ずっと生きてやる。

 必ず不死になってみせる。

僕は永遠に生きる!!

そう、誓えたのです。

つづく

荒川修作+マドリン・ギンズ Tokyo Office http://www.architectural-body.com