第五話「30歳からの絵本作家」

第22期(2015年8月-9月)

荒川さんの天命反転漫画を描いてからも、
僕は商業誌でプロの漫画家になる道を、模索していました。
僕はいつも、人間と妖怪が出てくる漫画をかいていました。
妖怪の絵は得意だったのですが、人間の絵があまりに下手すぎて、うまく描けず、それが悩みでした。
そのことを、同じように漫画家をめざしている、一週間だけ付き合った女の子に相談すると、
セツモードセミナーにいくといいよと、教えてくれました。
セツは絵の学校で、特に何を教えてくれるわけでもないが、ひたすらモデルをデッサンする場所だとのことでした。
彼女はここに二年通ったところ、人間を描くのが得意になったそうです。
僕が30歳のときにセツに入ると、様々な人が様々な目的で
絵を学びに来ていました。イラストレーターになりたい人、アニメーターになりたい人、現代アートの道に進みたい人。
その中に、絵本作家になりたい女性がいました。
僕は幼いころに絵本を読んだぐらいで、ずっと漫画を読んで育ってきたので、絵本作家という言葉が新鮮に響きました。
でも、そもそもプロの絵本作家というのは、どうすればなれるものなのか、僕は知りませんでした。
ネットで検索してみると、プロの絵本作家の方々のプロフィール欄に「絵本作家養成ワークショップあとさき塾出身」と書いてあることが多いのに気づきました。
調べてみると、あとさき塾は絵本作家の登竜門のような場所でした。
あとさき塾は、二人の編集者がやっています。
一人は土井章史さんと言う方で、
吉祥寺でトムズボックスという絵本屋をひらいているとの事でした。
当時住んでいたアパートから意外と近かったので、僕はトムズボックスにいってみました。
そこは紅茶屋さんの奥にあり、目立たない場所にある不思議な絵本屋さんでした。
「あとさき塾」のことを女性の店員に尋ねると、
まだ募集は半年以上先で、応募者が多いので、オーディションもあるとのことでした。
ただ、土井さんはあとさきだけでなく、他にもいくつかワークショップをやっていて、池袋コミュニティ・カレッジで開かれているワークショップなら、オーディションもなく、すぐにはいれますよと、教えてくれました。
トムズボックスで、みたことがない絵本を立ち読みしていると、ジャンバーを着た、絵本屋には来なさそうな、メガネをかけたおじさんが、のしのし入ってきました。
話しかけはしませんでしたが、この人が土井さんかなと、おもいました。
池袋コミュニティ・カレッジのことを、絵本作家志望の女友達に教えてあげると、

「加藤くんも一緒にいこうよ」

と誘われたので、僕もいってみることにしました。
JR池袋駅から五分ほど歩いた西武百貨店の中に、池袋コミュニティ・カレッジはあります。
夜7時頃行くと、
トムズボックスで見たおじさんと同じ人がいました。
ワークショップがはじまり、
土井さんに僕が作った天命反転漫画を見せると、

「とんでもないのがきちゃったな」

と言われました。
土井さんはその場で一冊の絵本を読んでくれました。
酒井駒子さんの「ゆきがやんだら」という作品です。
団地にうさぎの一家が住んでいます。ある日
大雪でお父さんが帰れなくなり、お母さんうさぎとこどもうさぎが、雪につつまれた世界で一夜を過ごすというお話です。
特に派手なストーリーが展開するわけではなく、非常に静かな絵本だったのですが、
土井さんの味のある声で読み聞かせを聞くと、なんだかもう、心が動かされました。

こんなにも絵本には人の気持ちを動かすものがあるのか。

なら僕も絵本を描いてみたい。

そんな気持ちが、自然に湧き上がってきたのです。

そのあと土井さんは、絵本の作り方について教えてくれました。
大人は頭で考えるが、子供は体で考える。たとえばお金をもらった時、大人は金額が高ければ高いほど嬉しいものだが、子供はじゃらじゃらとした小銭を、手でにぎっている時の感触のほうがうれしいんだ。
絵本の読者は子供なんだから、体で絵本を考えなくちゃいけない。
絵本は「子供のエンターテイメント」なんだ、というようなことを話してくれました。
ワークショップが終わったあと、みんなで安いチェーンの居酒屋にいって、飲みました。メニューの値段を見ないで、ちょうど一人分の会計が1000円になるのを当てる、というゲームをしたりして、とにかく楽しかったです。
帰りの電車で、土井さんとたまたま方向が同じで、少し二人で話しました。
今から、ある絵本作家に会いにいって、打ち合わせをするとのことでした。
土井さんはフリーの編集者なので、出版社と絵本作家を繋ぎながら、絵本をつくっています。
絵本作家が書いた絵本のラフ(下書き)を、土井さんが出版社に見せた所、大幅に修正してほしいと言われたそうです。

「そのまま伝えると、作家が落ち込んでしまうから、やわらかく伝えないといけないなあ」

というようなことを土井さんは言っていました。
この人は作家思いの、いい編集者だなあと思いました。

その日から僕は二週間に一回、池袋コミュニティ•カレッジに通い、見よう見まねで絵本のラフを描きました。
最初に描いた絵本はゆきだるまの絵本です。
白い雪だるまの親子が、僕たちをカラフルにしてよと、子供達にお願いします。子供達はペンキで、ゆきだるまを赤や青に染めてあげるというお話でした。
雪をペンキで塗るのは、環境的によくないんじゃないかと言われてだめでしたが、そのあとも、いろんな絵本のラフを描いてもっていき、土井さんに見てもらいました。
数ヶ月で池袋のワークショップは終了してしまいました。
あとさき塾の応募までは、まだ期間があったので、
今度は、土井さんが吉祥寺トムズボックスの事務所でやっているワークショップに応募しました。
このワークショップにはオーディションがあり、定員に対して数倍の応募があるとのことでした。
そして、自分の作品を送ってくれといわれたので、僕は自分が以前描いた漫画を郵送しました。
人間の女の子と河童が協力して、サンタクロースを食べる恐ろしい魔女と戦うという、不思議な漫画です。
漫画の編集者に見せた時に、「すべての編集者を代表していうが、君は漫画をなめている」としかられ、二時間説教された作品でした。
しばらくすると、土井さんから手紙が届きました。

「今回、あなたと一緒に絵本を考えてみたいと思いました。
でも、これからが大変です。○月○日にトムズボックスの事務所に来てください。」

漫画の編集者には、一切相手にされなかった僕の作品を、
土井さんは認めてくれたんだ。
そう思うと、喜びが身体中からこみあげてきました。
この時の記憶は、今でも鮮明に覚えています。

トムズボックスの事務所は、店から5分ほど歩いたところにあり、吉祥寺の東急百貨店近くのマンションの一室です。
そこの扉を開けるのが、毎回楽しみでした。
狭い部屋の中で、ワークショップのメンバー7人と土井さんが
机を囲んで、それぞれが描いた絵本のラフを読んでいきます。
みんなでわいわいお酒を飲みながら、土井さんがラフの講評をしてくれます。
ジョークをまぜつつも、ストレートな土井さんの意見には、いつもハッとさせられました。
同期の人も、すごいラフを作ってきていて、刺激になりました。いまプロで活躍している、みやこしあきこさんや、まるやまあやこさんもいました。
講評が終わると、土井さんのコレクションのマッチラベルや、古い絵本を見せてくれて、興味と笑いがたえない時間が続きました。

土井さんは、めったにほめてくれませんでした。
でもあるとき、僕が描いた、
ズウボルテルテという雨をふらせるお化けが
ひっくりかえり、テルテルボウズに変身して空が晴れる、
という言葉遊びのシーンを読んだときに、

「ここには、おはなしがある!」

と言ってくれました。

今思えば、
二週間に一回、自分が描いたラフを持って、
トムズボックスの事務所のドアを開けるのが楽しみで、
ただそれだけのために、
僕は無心に絵本を描いていた気がします。

土井さんは子供のような人です。そして彼の心の中には、
本当に子供が住んでいるのではないかと、僕は思いました。

土井さんの中の子供を面白がらせたい。

土井さんの中で遊んでいる子供を笑わせたい。

ただ、そんな想いだけで、僕は絵本を描いていました。

その想いが、プロの絵本作家を志すものとして、正しかったのかどうかは、わかりません。

でも…僕はそれが本当に楽しかったのです。

それは、かけがえのない最高の日々でした。

その後、僕はあとさき塾に入り、
土井さんのワークショップに7年間通い続けました。

つづく