第六話「32歳の復学」

第22期(2015年8月-9月)

荒川修作さんの夢は都市をつくることです。
何千人も住める、人間が死ななくなる天命反転都市をつくるのが彼の夢です。
僕は荒川さんの夢を応援したくて、
天命反転都市を実現するために、
素人のセールスマンのようなことをはじめ、
大企業に売り込みに行きました。

「荒川さんの都市を作りませんか?」

「人間が死ななくなる革命的な都市ですよ。」

でも、ずっと家にひきこもっていた素人の言葉は、社会の人々には届きませんでした。
天命反転漫画も出版社に売り込みましたが、面白がってはくれるものの、商業化は難しいとのことでした。
不死になりたいと友達に話すと、頭がおかしくなったんじゃないかといわれました。
僕の不死への情熱は荒川さんとは違い、誰にも伝わりませんでした。
僕は自分の無力さを痛感し、やる気をなくして、自分のアパートにひきこもってしまいました。
荒川さんの夢に協力したいと思っていたのに、何もできず、途中で投げ出してしまったのです。
それでも土井さんの絵本ワークショップには、しつこく通っていました。
絵本を描くのは楽しかったです。
面白い絵本ができると、生きる実感がわいてきました。
でも、絵本を描きながらも、荒川さんから受け継いだ不死への情熱が時々よみがえり、苦しくなることがありました。
 いつか、いつか、プロの絵本作家になったら、荒川さんに協力しようと思っていました。

でも、絵本の出版はできず、時は無情にもすぎていきました。
プロの漫画家をあきらめ、絵本作家にもなれず、荒川さんから受け継いだ情熱も実現できない。
かといって、就職もしたくありませんでした。
何一つ物事をなしとげたことのない、中途半端な駄目人間に、30過ぎたころにはなっていました。
一日中、井の頭公園の近くにある汚いアパートにひきこもり、テレビをつけて、ぼんやりしていました。
時々悲しくて涙が出ました。
涙の液体を見て、ああまだ悔しいって気持ちが、俺には残っているんだなと思いました。
たくさんの人が僕を応援してくれました。

 「お前には漫画の才能がある、だから頑張れ!」

と言って、いつも励ましてくれた小学校からの親友。

 「一緒に天命反転都市を実現するために協力しよう」

と言ってくれた、小説家の先輩。

 「加藤さんの絵本、ちょっと面白いよ」

と言ってくれた土井さん。

 僕はみんなのことを裏切って逃げていました。
 自分の部屋に閉じこもり、何も考えず、目をつむっていました。

 早稲田をやめて、7年たちました。 
 中退して7年以内なら、単位がそのままで復学することができるのです。
当初の計画では、プロの漫画家になって学費をかせいで復学する予定でしたが、32歳になっても金のないフリーターでした。
 僕は迷いました。
もう、いまさら早稲田に戻る意味なんてないんじゃないか。卒業しても34歳、なんのプラスにもなりゃしない。
お金もかかるし、大学の授業なんて社会で役に立たないだろう。
 でも、でも、僕は悩んだ末、もどることに決めました。
 多くの友人や両親、家族が応援してくれたのに、ここで早稲田さえも中途半端のままにしてしまったら、僕の人生は全て、中途半端になってしまうんじゃないかと思ったのです。もう一度大好きな早稲田で学びたい。

 卒業に11年かかってもいい。

 誰も評価なんてしてくれなくてもいい。

 僕はきちんと早稲田を卒業したい!!

 そして卒業論文を書き上げよう。

その時、沢木耕太郎さんにもらった言葉が
蘇ってきました。

 「in your own way 」

 誰のまねでもない、自分の道を作り出し、その道を突き進む、道標になるような卒業論文をつくりたい。
それを沢木さんへの返事にしよう。
沢木さんは以前、僕のことをエッセイに書いてくれました。
そこにはこう書いてあります。
『卒論を読んだ大学生は、そこに私の肉声、個性、情熱を強く感じる。だが、
自分には自分の肉声がある。沢木さんはあこがれだったけど、自分の道は自分で探さなければならないと感じた。そして、3年浪人して入れなかった早稲田大学の再受験に挑戦し、現在は早大一年生。いま「in your own way」の言葉を
かみしめているという。

彼もまた彼自身の道をあゆみはじめていたのだ。』
(SWITCH2003年NO12 『アルベールカミュの世界』を巡って)

僕の道は再び早稲田に向かっているのだと、強く感じました。
卒論を書いて卒業することが沢木さんの約束だと勝手に思い込んでしまったのです。
僕は何とかお金を工面して、32歳で早稲田に復学しました。

もう一度、自分の夢を見つけるために。

つづく