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2F/当番ノート

言霊って、ある

第25期(2016年2月-3月)

世界中を飛び回り、ダンスを通じて多くの人に笑顔を与えている友人がいる。同じアメリカでも違う土地をベースに暮らす彼女とは、約束せずともタイミングよくいつもどこかで会える。太陽のようなパワーとエネルギーに溢れた彼女は、いつも誰とでもまっすぐ真剣に向き合っている。子供だろうが大人だろうが、彼女はいつも本気だ。無論、私に対しても同様に。先日、ダンスをしているという少年と彼女が話をしていた際、ダンスを突き詰めていこうとすると、例えばオーディションだったりダンスバトルだったり、何かと誰かにジャッジされる機会が増えるという話になって、ふと彼女は彼にこんなことを言った。「誰かにジャッジされて負けたり落ちたりしても、それはその人の感覚で決められただけのこと。気にしなくていい。あなたはいつでもWinnerだ」。深刻そうに話を聞いていた少年の顔が、みるみるうちに晴れやかになった。

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「あなたは私を諦めないでいてくれた」

そう言われたことがある。「あなたを諦めない!」なんて一度も言葉にしたことはないけれど、そんな思いでそばにいたことがきちんと伝わったのか、言葉となって私に帰ってきた。

“言霊”という言葉を知ったのは、確かサザンオールスターズの曲だった。その頃私は小学生で言葉の意味も何もまったくよくわかっていなかったのだけれど、いつからか“言霊”について考えるようになった。そこから、言葉を大事にしようと思うようになった。いつだか天災についての話になったとき、最悪を想定した話になって、誰かが何気なくもらした言葉に対してある人が、「ネガティブな言葉は重く、ずっと残る。だから、そんなこと言うもんじゃないよ」と言った。

東日本大震災からちょうど一ヶ月後の4月11日、私の地元では再び大きな地震が起こり、一ヶ月かけて戻りかけていた気持ちを再びポキっと折られるような思いをした。その時、私はTwitterでこうつぶやいた。「神様はいない」と。すると友人から「言霊ってあるよ」と言われ、冷静になり、そのツイートを消した。

いくつかの言葉が、私の一部となり、支えになっている。20代前半、無我夢中で仕事をしていた頃の話。出来て当たり前という状況の中、裏では必死にもがき、慌ただしい日々についていくのがやっと。それでも表向きは冷静にふるまっていた時期があった。しかしながら、なかなかこたえるなぁ、厳しいなぁと思っていたある日、一人の先輩が私にこう言った。「出来て当たり前のように見られていてあまり褒められたりすることはないかもしれないけど、見てる人はちゃんと見てるから」。なんだか救われたような気持ちになった。いつも本当に厳しかったその人は、私のことをちゃんと見てくれていた。言葉に力があった。

「大丈夫」という言葉を、私もよく言っているような気がするし、誰かがよく言っているし、誰かによく言われているような気がする。「大丈夫」という言葉には何千何万通りも意味があるように思うけれど、この人が言うんだったら信じられるような気がする、とふと思うことがある。言葉に思いがのっている。たった一言で、私を安心させ、前を向く糧となる。それこそが、言霊のように思う。

誰かを救うことも、絶望させるのも、また言葉だ。そんなに深く意識することはないと思いつつ、でも、言葉を大切に、伝えていきたいと思う。無意識に意識できる人になってゆきたいものだ。

宮本 英実

宮本 英実

ソ-シャルコラボレーター / MUSUBU代表
福島県いわき市生まれ、ブルックリンを経由し、いわきと渋谷の2拠点生活中。音楽業界でのアーティストマネジメント&宣伝の経験を活かしたエンタメ精神を軸に、企画やイベントで社会×人・地域・コトの共創を後押しするソーシャルコラボレーター。福祉、教育、スポーツまでジャンルをまたぎ活動中。

2011年東日本大震災後、地域活性化団体「MUSUBU」を設立。いわき発信で人々が"沸く"様々なプロジェクトを行う。

https://www.foriio.com/hidemi-miyamoto

Reviewed by
小沼 理

言葉の無力さとか、心を見えにくくさせることについて時々考える。割れた食器を元通りにできるわけでもなければ、「いぶかしむ」ということにも慣れてしまった。嬉しい言葉に飛び上がったのもつかの間、勘違いだった、という苦い経験だって数え切れないくらいある。
それでもまだ私達は、言葉で何かを伝えるのを諦めはしない。それは今回宮本さんが書いたような一瞬を知っているからだ。言葉が魔法よりもたしかに、誰かの震える肩をあたためたことを覚えている。

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