島で 五話

第28期(2016年8月-9月)

 扇風機しかない部屋は、すこし暑い。でもあおいがいないから、シングルベッドをひとりで使える分まだ涼しかった。風はないが、一応窓を開け放してベッドで寝そべっていると、星がちらちらと光って見えた。
 十年前、流れ星みたいだと一緒に笑った友人は、結局半年もしないうちに外へ出て行ってしまった。あそこは両親が仲が良かったから仕方がない。私たちは手紙を書くよとうそぶきあって、結局住所も忘れてしまった。電話だけは向こうから何度かあった。
 最後の電話は、真夜中だった。お互いにもう成人していて、前の電話から一年は経っていた。
 ――寝てた? 起こしたか。ごめんね。なんかふと、あんたのこと思い出しちゃって。そっちはどう、変わりない? ……だよね。私は彼氏できたよ。十個上の。うん、島の男じゃない人。やっぱり島みたいな街っていっても、外と完全に断ち切れないからさ。ほとんど外と変わんないよ。……なんて言って、結局本当の本当に外の街に住みだしたら、きっと何か違うんだろうね。島にいる頃はきっと外と何にも変わんないって信じてたけど、やっぱり違ったし。
 短い、深呼吸の後。
 ――そう、違ったんだよ。
 彼女はそう、ぽつりと呟いた。そのあと私は……どうしたか。そうだ、たしか星は見えるかたずねたんだ。それで……答えは……。
 うつらうつらと、ほとんど眠りかけた私を携帯のバイブが起こす。黄緑色に光る画面に、ドットのぎこちない文字が浮かぶ。
「明日の朝、取材の人が来るので、適宜対応するように」
 母からの短いメールだった。母の言う適宜とは、つまりすべてにしっかりと、という意味だ。
 携帯を切って、またまぶたをつむりなおす。じゃあ朝九時にかならず下りる橋のたもとで待って、あとは適当に島を巡ろう。きっと向こうからもいろいろ聞いてくるだろう。
 取材の依頼自体はよく来る。ただ大昔にひどいめにあったらしく、電話などで済まないものは断ってばかりらしかった。
 眠気は携帯で消えたわけでもなくらしく、そのまますっかり眠りこめた。

 次の日の朝、砂浜で朝から遊ぶ娘たちを眺めていると、外から食料を乗せたトラックが目の前で止まり、女の人が降りてきた。明るい茶色の髪に、健康的に焼けた肌は島のひとに似ている。しかし、トラックの運転手に快活に礼を言う姿はたしかに多くの外と他人を知って生きてきたようだった。
 興奮を抑えきれない、とでも言うように、見つけた私めがけて駆け寄ってきた。
「初めまして! ライターのモリヤと申します。あなたが……娘さんのときこさんですか?」
「ええ、そうです。初めまして」
「よろしくお願いします!」
 はきはきと喋るモリヤさんは、想像よりも若かった。もしかしたらあおいと同じ二十代前半だとか、そのあたりなのかもしれない。
 ひとまず近くの小学校にでも案内しようと、歩きだす。
「ときこさんは、普段何をされてらっしゃるんですか?」
「いろいろです。店の番だとか、こういう母の手伝いだとか。使いたい分のお金を稼ぐので、ぼんやりしているだけの日も多いです」
「うわあ、いいなあ。憧れます」
「そんな憧れるようなものじゃないです……。私みたいな感じも、最近は多くないですし。みんなちゃんと毎日同じ仕事をして、週に五日ぐらい働いて、休日はゆっくりしてますね」
 なるほど、とモリヤさんは言う。これは外も同じはずだ、と私はなぜだか慎重になる。
「子どもたちはどうなんですか? さっき、海辺で遊んでいましたけど」
「一応は高校まであるんですが、今は夏休みです。三十一日までですね」
 なるほど、とモリヤさんは頷く。

 小学校、役所、病院、住宅街……とさして面白くもない場所を巡った末、ずいぶん暑かったので喫茶店に入った。
 喫茶店まであるなんて、とモリヤさんは呟きながらアイスコーヒーを頼んだ。私はレモネードにした。
「本当に、女性だけが住んでいるという以外、さほどこちらとは違いがないのですね」
 手帳にたくさんのメモを書き込んだモリヤさんは、感心している様子だった。
「そう言ってもらえると、なんだか安心します。住みだした方にはやはり違和感を持つときがあるらしいんですが……」
 なんとか問題なく終えられそうな雰囲気に、私はついほっとしてしまう。
 その隙に気付いたのかどうなのだかわからないけれど、モリヤさんは突然強いまなざしで私を睨んだ。
「今後は、どうなさるつもりなんでしょうか?」
「今後――ですか?」
「たとえば、性自認が女で肉体が男性の方が島に住むことを希望した場合、どうなるのでしょうか」
 せいじにん、という言葉を頭の中で漢字に直すのにいくらかかかってしまった。この島では聞き慣れない言葉だ。外では聞きなれた言葉なのかどうなのかも、わからない。私だって島に毎日数部だけ届けられ、図書館に置かれる新聞で見た覚えがあるだけだった。
「私はあくまで島に住むひとりで、あなたを案内するぐらいで、その他大きな決定権は持ち合わせていませんが」
「ええ、それで構いません。前例などを踏まえると、どうなるか……あくまで住民のひとりとしてのご意見をお聞きしたいのです」
 答えない限り、この場を終えてはくれなさそうだった。
「それは……たぶん、認められないのではないでしょうか」
「認められない」
 自分の言葉が強い熱を持って返ってきて、めまいがした。
「いえ、ただ……実際はわからないのです。そういう方がまたいらっしゃったことがないので……。まずは上のものが話し合うとは思います。……もしだめだったら……きっと、新しい場を作るよう言うでしょう」
 モリヤさんは、鼻息で相槌を打つ。
「この島は、本当に立派なものではないのです。外で生きづらかった人たちがとにかく外と違う場所を作ろうと、一から作り上げただけなんです。今結果的に、外で何か良いように言われているらしいだけで。だから、あなたも同じようになさい、ときっと言われると思います。もしあなたが外に、島に不満があるのなら、同じ不満を持つ人を集め、街や島を作りなさいと。……私たちは、学校でそのように学びました」
「……ありがとうございます。私の質問に、気分を悪くなされたらすみません」
「いえ、とんでもないです」
「ただ、外は本当に島のやりかたを注目しているんです。今、私たちに本当に必要なものなんじゃないかって」
 そう言って、モリヤさんはペンを置いた。
 溶けた氷ですっかり薄まったアイスコーヒーに、さらにミルクとシロップをたっぷり注ぐ彼女は、やっぱりあおいのように大人になった子どもに見えた。

 モリヤさんは、一週間ほど島にいるという。雑に掃除されただろう実家の私の部屋で寝泊まりするということで、連れて行った。
 めぐとみどりは聞いていなかったらしいが、それぞれらしい反応を見せたぐらいだった。
「ねえ、男のひとって、どんな?」
 モリヤさんがめぐにそう聞かれて困っているのを見て、私は笑っていた。