suicide cats in seaside③

第28期(2016年8月-9月)

suicide cats in seaside①

suicide cats in seaside②

アマリがまだ 海の底で揺らぐ粒子だった頃、老いた人魚から様々な伝承歌を聴かされていた。
その歌は時間をかけて命に染み込んでいき、人魚を形成する核となっていく。

”泡沫人は揺蕩いながら 光の彼方へ遠ざかる 

交れば命は永遠となる 神様からの捧げ物

掠れることは許されど 染まることは許されぬ

喰らうことは許されど 堕ちることは許されぬ”

気づけばアマリは歌っていた。かつて感じたことのない、言い知れぬ恐怖を和らげるために。

それは人の魂を喰らい尽くす破滅の歌だったが、ぽかんとした表情を浮かべている様子から、毛むくじゃらには何の効果もないように見えた。

毛むくじゃらは訝しげにアマリを見つめる。

「きみ、大丈夫?急にのどを鳴らしたりなんかして。どこかくるしいの?」

「…ええと。ごめんなさい。大丈夫。

 その、見つかることを祈ってるわ。あなただけのさかな。わたしは用事があるから、もう行くね。」

この不思議な生物を前にすると、自分が自分ではなくなるような、何とも言えない不快感があった。
アマリは無理矢理に会話を終わらせて、毛むくじゃらにくるりと背を向けて泳ぎ出した。

”ボチャンッ…”

別れを告げ数秒も経たない内に、何かが海の中へ落ちる音。
その何かが何なのか、アマリは瞬時に悟り、ため息をつきながら海の中へ潜った。

「…だから、水の中では死んでしまうって、わかってるはずでしょう。」

抱っこした毛むくじゃらをもう一度岩場に乗せて、諭すように語りかける。

「さかながどこにいるか、きみは知らないの?大抵は水の中だよ。」

「…そうね。とにかく、あなたがあなただけの魚を探すのは自由だけど。
 目の前で自殺行為をされたらこっちとしても、気分がいいものじゃないの。第一あなた、泳げるの?」

自身の言葉に矛盾を感じない訳ではないが、アマリの正直な気持ちだった。

「前に進むのはむつかしいけど、沈むことはできるよ。なかなかうまいって、評判だよ。」

それ泳げないってことじゃない、アマリはこの言葉を飲み込み、毛むくじゃらにある提案をした。

「…わかったわ。わたし、あなたの魚を探す手伝いをする。見つかるまで、そばにいる。わたしは海の生き物だから自由に泳ぐことができる。あなたをおんぶして、時々海の中に潜って、あなただけの、たった一つの魚が見つかるようにサポートをするわ。どう?」

「そいつは名案だ!」

毛むくじゃらは嬉しそうにへんてこな踊りを踊った。

毛むくじゃらの歓喜の舞に、アマリは思わず笑顔になっている自分に気づき、困惑する。
なぜ突如現れたこの不可解な生物のサポートを、自ら名乗り出てしまったのか。
それは自分ではどうしようもない、衝動であり本能だった。

幼い頃、老いた人魚が初めて恋をした時の話をしてくれた。

恋をする者と対峙した瞬間、最初は”いやな感じ”がするのだそうだ。

ぐるぐるとめまいがして、吐き気がする。
大きな鉛を飲み込んだように身体がぐったりとして、耳鳴りがする。
逃げ出したくなったり、その場で泣きわめいてしまいたくなるのだそうだ。

それはこれからまるで違う魂と魂が交流することを、全身で感知するからだと言っていた。

                                                                                                                                                                                                           

「ねえ変なこと聞くけど、いい?あなた、人間じゃないよね?人間の、それも男の子じゃ。」

「ぼくはぼくだよ。人間じゃない。どちらかと言えば、ねこだよ。」

「ねこ?それはあなたの名前?」

「わがはいはねこであるが、名前はまだない。」

「あなた、本当に変わってる。ねこさん。わたしは人魚。人魚のアマリ。ってさっきも言ったけど。」

「あまり?」

「そう、それがわたしの名前。
 そうだ、あなたに名前をつけてあげるわ。…毛むくじゃらなねこさん。ケムクジャラナネコサン。ん〜。」

「ムジャン。あなたの名前。ムジャン。どう?」

「むじゃん。ぼくの名前?」

「そうよ。ムジャン。さあ背中に乗って。わたしが知りうる限りの、いろんな魚をあなたに見せてあげる。」

アマリは毛むくじゃらのムジャンを背中に乗せ、
一番最初に思い浮かんだ”さかな”のもとへ、意気揚々と泳ぎだした。

suicide cats in seaside④へ続く