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2F/当番ノート

suicide cats in seaside②

当番ノート 第28期

suicide cats in seaside①

ばくばくと鼓動を打ち続ける毛むくじゃらな生物の身体は暖かく、
腕の中にもうひとつ心臓ができたような、奇妙な心地よさがあった。

これから自らの命を絶とうとするものが、突如目の前に現れた関係のない命を救おうとしてる。

その矛盾に疑問が浮かばなかった訳ではないが、
アマリは見知らぬ命をしっかりと抱きしめて水面を目指し泳いだ。

海中から勢い良く飛び出し、目についた岩場に毛むくじゃらを寝かせ、
ひとまず水の中から救済できたことに安堵のため息をつく。

ぐったりとしたそれにおそるおそる触れてみるが、相変わらず、ばくばくと脈は打っているようだった。

「….」

もう間もなく、0時になろうとしている。

急なアクシデントに見舞われたが、臨機応変に、できることはやった。
この見知らぬ生物のことは放っておいて、砂浜へ向かうべきだろう。
14歳になる今夜、アマリは使命を果たさねばならない。

「あなた、どこからやってきたの?」

「….」

「…あなた、死ぬの?」

毛むくじゃらにもう一度触れて問いかけてみたが、やはり返事はない。
気を失っているようだ。

「わたしもう行かなくちゃ。ミイラになる前に正しいことができてよかったわ。」

別れを告げ、海中に潜ろうとした刹那、
その不思議な生き物は”むにゃん”と一声鳴いたかと思うと、
ちいさな前足で自身のからだをゆっくりと持ち上げた。

眠っていた命が目を覚ましたことで、空気が小さく震える。
その振動がアマリには耐え難く、いてもたってもいられない。
姿を隠したい衝動に駆られたが、意識がはっきりするのを辛抱強く待った。

「さかな…」

その声はじゃりじゃりとして、ザラザラしている、今まで聞いたことのない、不思議な音色だった。

「…魚?」

「…きみ、誰?ぼくのさかなを見なかった?」

「わたしはアマリ。魚って、どんな?あなたの魚って、どういうこと?」

「ぼくだけのさかな。まだ見たことないんだけど。ぼくだけのって、決まってるんだ。」

「魚は海のもので、みんなのものじゃない?あなただけのものって、そんなのおかしいわ。」

毛むくじゃらは目を覚ましたまま夢を見ているかのような、ひどく曖昧な表情をしていた。
焦点が定まらない、ぼんやりとしたまなざしでアマリを見つめる。

「あなた地上の生物でしょ?どうして海の中に?」

「きみ、ぼくを助けたの?」

「ええ。だって水の中にいたら死んでしまうでしょう。」

「きみだってこれからミイラになるのに。どうしてぼくを助けたの?」

「どうして知ってるの?」

「さっきそう言ってたじゃない。」

「…どうして、」

「ねえ、さかなを見なかった?ぼくだけのものなんだ。はやく探さないと。」

満月が今宵で一番の光を放つ。
それはきょうが終わり、あすが始まったことを告げる合図だ。

アマリは14歳になった。

少女たちの無念を晴らすために、人魚達の未来のために、おかしな因習を破壊しなくては。

「…わたし行かなくちゃ。」

だが身体が硬直して動かない。

目の前でちぐはぐな言葉を発し続ける、
毛むくじゃらから目が離せない。

ミイラになるよりももっとおそろしい予感が、アマリの全身を駆け巡った。

suicide cats in seaside③に続く

rico amje

rico amje

リコアムジェと申します。melu:の歌担当。絵描きと弾き語り。
ねこのクッカとニャーニャー愉快に暮らしています。
アパートメントでは、短い絵本をお届けします。

Reviewed by
山中 千瀬

わー私にも運命やそれと戦う使命があればって、でもそれは今はいい。相手を滅ぼす恋をしなければの運命に立ち向かおうとする人魚の少女と「毛むくじゃら」との邂逅です

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