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2F/当番ノート

雪の音を聞いた日

当番ノート 第30期

fuyu

雪が降っている日の空が、薄ら明るく、雪が降り積もる「音」のすることを
雪国以外で育った人に話すと、けっこう驚かれる。

雪が降る様子を最初にしんしん、と表現したひとは素敵。

本当にそうとしか言いようのない音なのだ。
それは、心が休まるような音つきの静けさ。
雪の降る朝、カーテンが閉まっていても雪の気配が窓際に漂っていて
私はやっぱり嬉しくて、カーテンを開ける瞬間をもったいなく感じるほど。
そうしてまっ白なことを確認するとき、「空白」が目の前をしばらく漂って
自分だけの神さまと対話するような気持ちになる。

雪国の暮らしはなんて不自由なんだろうと、思わなかったわけではない。
毎日のようにびしょびしょになる足元。
当時「長靴で行きなさい」と何度言われても絶対にローファーで登校していた
ミニスカートの分からず屋な高校生だった私は、毎日手と足が凍傷になりかけていた。
暮らした町の空は、一年を通して通常モードが曇天で
まるでロンドンの空模様だ、
なんて行ったこともないのにひとり零す日々。
上京してからの冬はほとんどが晴天で、足元を気にしなくていい生活に心から気が楽になった。
もうあんな風に凍えることはない。

なのに、いまだ冬の厳しい寒さと雪の降る景色は私をつよく魅了する。

yuki

すべてが万事休すで滞り、「じゃ、家にいるしかないね」となるとき
冬のあいだ冬眠する動物たちと肩を並べるようで「圧倒的に正しい」気がする。

次に会うのは雪解けの春のころに、
なんて家族や友達に宣言できたらどんなにか解き放たれるだろう。

– – – – – – – キ リ ト リ – – – – – – – –

親愛なる       さま

本格的な寒さを迎え、
とうとう今年も冬籠りの季節となりました。
どんぐりやクルミ乾燥きのこも十分にありますし
なにより今年はB&Oのポータブルオーディオも買いましたので
心地よく部屋のなかで春を待とうと思います。

秋に頂いたお茶葉、とても気に入っています。
満月という名前でしたね。
今度は月夜に飲んでみます。

  さんもどうぞ春まで、お元気で。

さいこうさぎ より

– – – – – – – キ リ ト リ – – – – – – –

FH010010

冬の暮らしのことを思うと、今でもうっとりしてしまう。
元来ナマケモノの私はすべてが滞る冬に憧れながら、
一年中歩みを止めない東京に暮らしてもうすぐ10年が経つ。

雪国に帰ることは、もうない。

たぶん、生まれてから同じ場所でずっと暮らしたわけではない私にとって
雪のある景色こそ故郷なんでしょう。

そして私の持っている時間の感覚は、雪の降り積もるスピードと無関係じゃない。
雪景色の「白」自体の持つ意味合いも、私にとってそれは「無」というより
圧倒的な存在感で満ちている。手に負えない美しい圧迫感を伴って。

生きてる限りひとりきりだ、と雪のなかに立つ時ほど感じることはない。
清々しいほどハッキリと知らされるので、私はほとんど安心してしまう。

雪の降る音を聞いた日、窓の外はただただまっ白を積み重ねていく。
軽いもののはずなのに、夜が深まれば深まるほど雪の積もる様子は重みを増していく。

雪に育てられたのだと思う。
雪のもつ白に、明るさに、軽やかさと圧迫感に。

朝になったら雪のなかでアイスクリームをつくってみようか。
昔読んだ絵本、「ゆきのひのアイスクリーム」みたいに。

雪の降る空のもとに暮らす人にも
眠らない都市の頬を切るような寒空のもとに暮らすわたしたちにも
「メリークリスマス」。
もうプレゼントはくれなくてもいいけれど、
雪の音を知ることで、少しでも動物たちの正しさに近づきますように。



≪雪の日のアイスクリームのつくりかた≫

砂糖 カップ2分の1
牛乳 カップ1
生クリーム カップ1
卵の黄身 2個分
バニラエッセンス 2滴

①材料をすべて密閉容器にいれて、ガシャガシャと振ります。
②振る時にする音が変わってきたら、雪のなかに埋めます。
③凍って固まるまで待ちます。
④できあがり!

『朝起きて、雪がつもっているのを見て、ふゆちゃんはアイスクリームを作ることにしました。
ふゆちゃんが庭で、お砂糖と牛乳と卵の黄身を入れた缶をゆすっていると
雪だるまと雪うさぎもきました。
アイスクリームが固まるように、
跳んだりはねたりころがったりしながら、アイスクリームを作ります。
できたアイスクリームのおいしかったこと!
(出版社の内容紹介より)』

yukinohi
作:片山 令子 絵:柳生 まち子
出版社: 福音館書店

松渕さいこ

松渕さいこ

interiors 店主 / 編集・企画 東京在住
お年玉で水色のテーブルを買うような幼少期を過ごし、そのまま大人になりました。2019年よりヴィンテージを扱うショップの店主。アパートメントでは旅や出会った人たちとの記憶を起点に思考し、記します。「インテリア(内面)」が永遠のテーマ。

Reviewed by
ひだま こーし

今回の松渕さんの文章を受け取った時、ぼく
はちょうどヘルシンキにいた。今年は暖冬だ
けど、北欧の体裁を保つ程度にはまだ雪も積
もっていた。冬至直前で日照時間がひどく短
い上に曇天が続いていた。それまでの数日、
鈍い頭を重い体に乗っけて森や街中をさまよ
い歩いて、日光がどれほど生体に力を与える
ものなのかを実地で思い知らされていた時、
この文章はすごく腑に落ちた。うん、そうだ
よな。寒く凍える冬には冬籠りをする動物が
正しい。動物は正しく、そして美しい…

ところで、ちょうどその時に読んでいたのが
唐木順三の『無常』で、そこに一遍上人につ
いて少し戸惑うように書かれているところが
ある。
「死するも一人、住するも一人」という絶対
的な孤独感から「ともにはねよ、かくてもを
どれ」という踊躍大歓喜へひとっ飛びにワー
プする感じは、唐木にとっては「宗教的実存
の秘密」なんて小難しく書いてお茶を濁すく
らしかないほど手に負えないことらしいのだ
けど、踊りを踊るということを経験し、その
こと自体をあえて意識したことのあるものに
とってそれは秘密でもなんでもなくて、感覚
的必然と言っていいほど当然の跳躍だ。どう
してそんなことがわかんないんだろう、と不
思議に思っていた時にこの文章が届いた。そ
して、なんとなくシンクロを感じた。

というのも、さいこうさぎさんはそういう根
源的なことにも敏感で、たまたまだけど『無
常』についてぼくが不満に思っていたちょう
どそのあたりのことについて、彼女なりのス
タイルで書いているのを見つけたからだ。で
も、うさぎだからといって踊るわけではない。
(そこらへんをちゃんと裏切ってくれるとこ
ろが、偶然とはいえ、いい。)
なるほど、しんしんと降り積もる白雪の中で
清々しいほどの全き孤独をしっかり受け止め
た後は、バニラアイスを作るのが必然なのだ。
そしてその白雪に似たアイスを食べることで
孤独の元を平らげてしまうという魔法を使い、
味わいながらにっこりするのが正しいのだ。

ついでに書くと、この白に白の組み合わせは、

冬草も見えぬ雪野のしらさぎは 
おのがすがたに身をかくしけり

という道元の歌を思い出させてくれたけど、
松渕さんの場合は、例えば、

バニラアイス作る雪野のゆきうさぎ 
おのが姿をぺろり食ひけり

みたいなことだ。すごい。食っちゃった!
道元越え!w (いや、半分妄想ですが)

ある意味、今回はさいこうさぎ流「寂び」の
流儀、といった感じかも。軽やかで可愛い寂
び。こんな美意識というか、美感覚も確かに
ありだよなぁ。ちょっと羨ましい。

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