喫茶養生記

第30期(2016年12月-2017年1月)

こんにちは。
今日は12月30日。学生さんは冬休み、お勤めの方は年内のお仕事も終わりのんびりとお過ごしかと思いますが、都内の片隅で細々と塾講師をしている僕は今日まで仕事。年明けは3日より再開です。受験生は最後の追い込みに入り、いよいよ試験本番を迎えます。

私事。塾での僕の担当科目は英語と古典なのですが、どういうわけか今年度は日本史まで教えることになり、今週は文化史の復習で「鎌倉時代」を教えてきました。鎌倉時代というと重要項目の一つに挙げられるのが「鎌倉新仏教」。皆さんの中にも「浄土宗の開祖は法然」などと覚えさせられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

その鎌倉新仏教で重要人物のひとりが、先週からこちらで取り上げている「栄西」なのです。栄西のことはみなさん「臨済宗の開祖」とか「『興禅護国論』を書いた人」などと教わったでしょう。でも近年、歴史や仏教学の先生の中には「栄西は臨済宗の開祖ではない」とおっしゃる方も増えてきて、ひょっとしたらいずれ、教科書の記載もかわるかもしれません…

【建仁寺。栄西が開いた京都最初の禅寺。祇園の繁華街の中にありますが、境内に入ると周囲の喧騒がまったく聞こえず静かでとても風情あります。】

【建仁寺。栄西が開いた京都最初の禅寺。祇園の繁華街の中にありますが、境内に入ると周囲の喧騒がまったく聞こえず静かでとても風情あります。】

じつは日本の臨済宗は、2つの「派閥」に分かれているのです。「黄龍派(おうりょうは)」と「楊岐派(ようぎは)」という2派なのですが、栄西が中国より伝えたのが黄龍派で、こちらは建仁寺派のみの系統になります。それ以外の日本臨済宗のお寺さんはすべて栄西以後に伝わった楊岐派に属するのです。数の上では圧倒的に楊岐派の方が多い。栄西が鎌倉時代に伝えた黄龍派の臨済宗は、後に中国臨済宗の主流を占めた楊岐派へと中心が移っていったのです。

それでみなさん、何が問題かと言いますと、高校で「栄西が臨済宗の開祖で、その根本経典は『興禅護国論』だ」と習いましたよね?

でも、黄龍派の栄西が書いた興禅護国論を楊岐派のお坊さんたちが読んでいたかというと、どうもそうではなかったらしいんです。栄西以後、渡来僧や中国へ渡り禅を学んだ日本人僧は帰国後、各自開基を得て各地に寺院を建立し、各々の宗派形成が図られたわけですが、宗派が転々ばらばらになると、みんなが興禅護国論を経典として読んでいたわけではなかったようなのです。

知り合いの臨済宗系のお坊さんに昔聞いたのですが、やはり現代の臨済宗の道場や寺院で興禅護国論が参禅の書物として読まれることはめったにないとおっしゃっておられたことがありました。ですから栄西の位置付けは、日本臨済宗の一派である建仁寺派の開祖といった方が適切なのかもしれません。

話が多いにそれましたが、前回のコラムで、『喫茶養生記』が世に出回るきっかけをお話ししたのですが、今日は喫茶養生記の内容について述べていきます。

前回もお話しした通り、本書の序文で「茶の服用こそが延齢の妙術なのだ」と栄西は書いておりました。たしかにお茶は健康にいいし、お茶の産地として有名な静岡県掛川市では、市内の85歳の医療費は全国平均の75歳に相当するというデータもあります。緑茶摂取の効能ゆえに生じた結果でもあると思います。

喫茶養生記は上下2巻に分かれるのですが、上巻はお茶について、下巻は桑について言及されています。

上巻の内容についてまず、五臓(肝臓・肺臓・心臓・脾臓・腎臓)の中で一番大事なのは心臓だと言い、心臓には苦味が必要であると説きます。栄西は

「五臓は、その好む味がみな異なるから、あるひとつの蔵が好む味ばかりを食べると、その蔵ばかりが強くなり、隣の蔵よりまさり、互いに病気を起こすことになる。もし五臓の調子が悪いときは、必ず茶を飲むことだ。そうすれば茶の苦味で心臓は具合良く、万病を除くことができる」

と五臓をバランス良く保つ必要性に言及しているのです。

他にも上巻では…
①茶の名称について
 中国では茶の名称が、檟(か)・荈(線1)・茗(めい)・過羅(から)・皐盧(こうろ)・  
 蔎(せつ)・荈(せん)などのように地域で茶名が異なること
②樹形について:樹や葉はクチナシに似て、花は白ばらのよう
③効能:眠気・二日酔いをさます、腫物やできもを防ぐ、消化不良をなくす
④茶摘みの時期
 正月三日の間に茶園の中を一日中大声で歩き回り茶葉を元気付ける。その翌日に茶葉の芽を毛
 抜きで摘み取る
⑤茶摘みのタイミング:雨や曇りの日はだめ。晴れた日に摘むこと
⑥製茶の方法:摘み取った茶葉をすぐに蒸して炒る。

【お茶の花。「一緒にお茶でも」などと言って周囲の人とのつながりを深めることもまたお茶の効能のひとつですね。】

【お茶の花。「一緒にお茶でも」などと言って周囲の人とのつながりを深めることもまたお茶の効能のひとつですね。】

以上が上巻。つづく下巻は桑の効能について。
なぜここで桑がでてくるのか、前号でも申しましたが、栄西の時代(鎌倉時代)にはまだお茶は貴重品種で、その代用として桑が用いられていたと言われています。そして栄西は「桑樹の下には魑魅が寄り付かない」と述べて、その優れた効能を示すのです。

①近代五種の病の対処法
 飲水病(糖尿病)、中風(半身不随)、不食(食欲不振)、瘡病(できもの)、脚気に
 は桑粥、桑湯が効く
②桑湯、桑粥の製法
③桑木の枕が悪夢を避ける
④桑椹(そうじん:桑の実)の服用で無病となる
⑤高良薑(こうりょうきょう:生姜の一種)が万病を治す
⑥茶を喫する法
⑦五香煎(ごこうせん:五種のお香)の服用が心臓を治す

と様々に述べる桑の効能の中になぜか喫茶法が書かれているのですが(⑥)、この項では
「できるだけ熱い白湯で茶を点てて飲むこと。銭くらいの大さじ2〜3杯。多少は随意である。湯の量は少ない方がよろしいが、それも随意である。いずれにしても濃茶の方が良い」と茶の服用を各自の恣意性に任せています。

【喫茶養生記の断簡。左に「喫茶法」という項目があります。】

【喫茶養生記の断簡。左に「喫茶法」という項目があります。】

もう一度『喫茶養生記』の序文に戻りたいのですが

「茶は養生の仙薬なり。延齢の妙術なり」

というこのフレーズ。そもそも「仙薬」も「妙術」も、元々は神仙思想、つまり道教の言葉なのです。臨済宗の栄西がなぜ道教にまで及んだのかということを次回、栄西の生涯を踏まえながら考えていくことにします。
鎌倉とはかけ離れた内容になってきましたが、もう少し栄西について続けていきます。