考えるへんな人 – 岡田昭人

第31期(2017年2月-3月)

へんな人。見方によっては近寄りがたいが、噛めば噛むほどに味わいぶかいスルメのように、話せば話すほどのめり込んでしまう人のこと。

そして、独特の価値観を持ちながら、暮らし、働いてるへんな人が、考えるへんな人。

そんな「考えるへんな人」を知ったり、会ったりすると、「こんな人もいるんだ」と、世の中の選択肢みたいなもんが広がるような気がしてて、そういう人の存在は貴重だなぁと。

ということで、2~3月の当番ノートでは、物技交換をライフワーク的にしている、上毛町在住のタカハシタカハシさんのように、ぼくのまわりにいる「考えるへんな人」を紹介してみたい。

今回は、教育学者の岡田昭人さん。東京外国大学の教授として、自身の研究だけなく、国際・比較教育学ゼミや留学生日本語教育センターで講師をされている方。著に『オックスフォード流 自分の頭で考え、伝える技術』などがある。

「方」と書くと、自分でもちょっと違和感があって、それは、学生時代にゼミも含めて、かなり近い距離で、お世話になっていた人だからだ。ぼくは彼のゼミで、オランダのオルタナティブ教育(その中でも、イエナプラン)を研究していた。ただ出会いは、2007年、ぼくが1年生のときだった。

留学生日本語教育センターの授業をとっていたぼくは、初回オリエンテーション時に、教壇に立ち、こんなことやりますよー、と小難しい話を噛み砕きながらやわらかい声で話し、ときおり関西弁がこぼれる様をみて、「なんか先生っぽくない、おもしろそうなおっちゃんだな」と感じたのを覚えている。

そういった出会いから、授業の枠を超えて、本来ゼミがはじまる3年目ではなく2年目から、彼の研究室にたいした目的もないくせに通うようになった。もしかしたら、大学内に自分の居場所がほしかったのかもしれない。そうして、教育学そのもに興味があったわけじゃないけど、彼がその領域の人だったのもあり、なんとなくゼミもそこを選んでしまった。

彼は”つなげる人”であり、留学生を含めた学生の相談に対して、学生と学生、学生と教授、学生とOBなどをつなぎ合わせるような習性を持っていた。とはいえ、関西気質もあるのか、ムチャぶりで人を動かしてしまうこともあったかもしれない。

それが、付き合いがはじまっての2年目が経ったあたりから、ぼくはイヤだなあと感じる時期があって、なにかあるとすぐに彼に噛みつくような態度で反発していた(いや、今もそうかもしれないけど)。

だけど今振り返れば、彼は、ムチャぶりした学生の一人ひとりが行動を起こせるように背中を押していたのだと思う。あえて自分がやらないで、他人に任せるのは、その人のためで、わかりづらいけど、いいパスを回していたのだと。

そういう意味でも、彼は一見いいかげんそうな言動をとることもあったけど、実は、教育的で繊細なコミュニケーションを取っている人だ。

頼りなさそうな態度をとりつつも、学生からは慕われている人で、飲み会になると歌って踊れることもあって人気者で、人を巻き込むような不思議な魅力を持っている。なんとなく、そういうリーダーのカタチもあるんだぁ、と喜怒しながらも、彼の姿から学んできた。

懐かしいことで、ゼミの最初の授業で、「教育とは」みたいな話があって、「educate(教育する)」の原義は「引き出す」ってことなんだよ、的なことを彼は言ってたんだけど、今ぼくが関わる「メディア」「場」「カクテル」にも通じている。

取材のときにどう話を引き出すか、その場に集まる人やもの持ち味をどう引き出して人をつなげられるか、味わいや香り、色などそれぞれのお酒の個性を引き出してカクテルとして混ぜ合わせるか。すべての考え方の原点は、ここにあった。

そういう自分の基礎となるものを、彼から、そして彼からつなげてもらった人を通して、気づかぬうちにぼくは身につけていたのだろう。人付き合いがあまり得意ではないので、ちゃんと面と向かっては言えないけど、感謝しているし、”東京の親父”(彼からしたらぼくはバカ息子みたいなもんだろうけど)くらいの存在でもある。

ただ、「あの子は、ペガサスやな」というように、初対面の人を知るための指標として「動物占い」を活用するあたりは、いまだに理解しがたく、そういうのも含めて、へんな人だなあと思う。

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(ゼミの後輩の結婚式に呼んでもらったとき、スピーチをすることになっていて、こそこそとスピーチ練習をしはじめる岡田昭人氏を逃さずに撮りました:写真右)

こんなあんばいで、ぼくの周りにいる考えるへんな人を紹介していく2ヶ月間。どうぞよろしくお願いします。