群青色の街〜宴〜

第32期(2017年4月-5月)

「乾杯!」

ビールやチューハイが注がれたグラスがいくつも交わり、軽快な音を立てた。
おつまみやお菓子の袋が並んだテーブルを、10人ほどの男女の若者が囲んでいる。
その輪の中にりんごちゃんと私も一緒になって座っている。

輪の中にいた1人の少年が
「僕、これから料理作るんで、みなさん座っててください。」と言って、
腕まくりをして団らんスペースのそばの台所に立った。
他の人たちはみな、おぉー、さすが!と感嘆の声を上げる。
私は隣の男性に
「彼は料理が得意なんですか?」と聞く。
すると「彼は料理人志望なんですよ。将来自分の店を持ちたくて、今は修行中らしいです。
まだ19歳と聞いているけど、将来の目標がしっかりしていて、かっこいいですよね。」と返ってきた。

そう聞いて、私は台所に立つ少年を改めて見た。
意思が強そうな目をしていて、細身だけれど、がっしりとした腕の筋肉に頼もしさを感じる。
料理人を目指す19歳の彼は、どういうきっかけでここのゲストハウスにやってきたのだろう。
興味が湧いて、後で聞いてみようと思う。

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ゲストハウスに帰ってきた時、既に15人くらいの人たちが団らんスペースにいて、ご飯やお酒を楽しんでいた。
入り口のカウンターにいた女性スタッフに聞くと、この団らんスペースはいつも旅人同士の交流の場になるそうだが、今夜はここ最近例を見ないほどの盛り上がりぶりらしく、スタッフの方も少々驚いているとのことだった。

私とりんごちゃんは、まず荷物を上に置いてこようと言って、まっくろくろすけの階段を上った。
部屋の隅の自分たちの布団の脇に荷物を置いて、一息つく。
二階に上がっても、下の階の賑やかな声は聞こえてきた。
たった今誰かが何か面白いことを言ったらしい。どっと笑い声があがった。

「行こっか。」
どちらともなく、私たちは言った。
2人とも好奇心が旺盛で、初めての人とも臆せず話せてしまう性格だった。だから、一階の予想以上の盛り上がりに少し驚きつつも、あの輪に交じってみたいという好奇心を抑えきれずにいた。

私たちは一階へ移動し、団らんスペースの入り口に立ち、こんばんはぁと挨拶をしてみる。
すると、みんなもこんばんはと返してくれて、にこやかに迎え入れてくれた。

団らんスペースは大きく2つのグループに分かれていた。
手前の囲炉裏の周りに座っている男女4人組はカップル同士のようで、男性は2人とも外国人で、女性は日本人だがどこか日本人離れした雰囲気が漂っていた。そんな異国な雰囲気が漂う4人は、みんな真剣な顔をして囲炉裏の火でほっけを焼いていて、なんだかそのちぐはぐな組み合わせが面白かった。

奥の長テーブルの方には、男女10人ほどが座っていて、20代から30代くらいの若い人たちが多く、大学のサークルの飲み会というような雰囲気がした。
なんとなく私たちはそちらのグループに行き、仲間に入れてもらうことにした。

目の前に座っている眼鏡をかけた30代くらいの女性が、手馴れた感じでみんなに料理を分けていた。
その様子からしてスタッフらしく、輪の中に入ったばかりの私とりんごちゃんにもにっこり笑いかけて
「ウインナー焼いたんだけど食べる?」と言ってウインナーを差し出してくれる。
えぇ、いいんですか?と聞くと、たくさん焼いたからねと言って後ろの囲炉裏を指さす。
囲炉裏ではウインナーが串刺しになって何本か焼かれていた。
ありがとうございますと言って私たちはウインナーをもらいながら、
「みなさん、お知り合いなんですか?」と聞く。すると
「いや実はさ、みんなここでさっき会ったばかりで、初めましてなんだよ。
びっくりだよね。」と笑いながら言う。
私とりんごちゃんは驚いて顔を見合わせた。この盛り上がり方とくつろぎ方から、知り合い同士なのかと思っていたら、そうではないらしい。

このゲストハウスには、その家で共に過ごす者同士を、一晩だけ家族のように近づける、
そんな不思議な力があるように感じた。

そして、なんとなくその女性の髪型がサザエさんに似ているので、心の中で彼女のことをこっそりサザエさんと呼ぶことにする。

前に座っている女の子たち3人が「2人は友達ですか?」と私たちに聞いてきた。私は同じ大学出身の友人同士で、2人で旅にきていることを話す。
彼女たちにも同じように話を振ってみると、それぞれ一人旅できたのだけど、団らんスペースで会って意気投合をしたのだという。
大学生くらいに見えたので、大学生ですかと聞くと、それぞれ26,7歳でなんと私たちと同年代だった。
年が近いという事実は、初対面の者同士の距離を一気に近づける。
親近感を覚えた私たちは、まるで大学時代の友人に会った時のようなテンションで盛り上がった。
たぶんゲストハウスに泊まるくらいだから、初対面の人と話すことも楽しめる、だけど一人の時間も大切にできるという人たちが集まっているのだと思う。
だから、話していて楽しいし、自然と盛り上がった。

話していると3人のうちの女の子の1人が、テレビのシナリオライターをしていると知った。
みんなが、かっこいいねぇと言うと、いや地方のローカル番組だけどねぇとその子は苦笑しながら言う。
私はそういう書く仕事、そしてフリーランスとして働く人に会うのが初めてで、興味を惹かれた。
「普段どこで仕事をしているんですか?」と聞くと、自宅でもどこでも仕事場になるとのことで、こんな風に旅をしながらでも書くことはできるという。
今日も鎌倉のあちこちを巡りながら書いてきたのだという。
みんなはどこでも仕事ができるというところに反応して、へぇーすごいねぇと言うと、
「いやいや、でも不安定な仕事だよぉ。
収入ない時もあるからねぇ。会社員みたいに手当とかなにもないしね。」とその子は言う。
ほんと好きだから続けられるんだと思う、
とその子は続けた。

私はその言葉が、なぜか刺さった。
好きだから、やりたいことだから、
続けられる。
そういうことをしている人って、いるんだ。
と至極当然だけど、そういう人を目の前にして改めて思う。
確かに会社員と比べたら収入・待遇面で不安定ではあると思う。
だけど、やるべきことや、やり方が決められていて、自分のやりたいことと無縁の会社員生活と比べて
果たしてどちらが気持ちの面で安定しているのだろう、とふと思う。

みんながそれぞれ話をしている間も、サザエさんはみんなの空いたグラスの様子を見て飲み物を注いでくれたり、冷蔵庫から食べ物を取ってきてくれたりする。みんなのお母さんみたいな感じで、慣れた手つきで世話を焼いてくれるその人に
「ここではもう長いんですか?」と聞いてみる。
するとその人は、ちょっと驚いた顔になって、それから笑って
「いや、私はここ今日が初めてだよ。」と言う。
私はえぇっと驚き、ここのスタッフの方じゃないんですか?と聞く。
するとその人はアハハと口を大きく開けて笑い、スタッフでもないしここも初めてだよ。なんならゲストハウス泊まるのだって10年ぶりでドキドキしてるんだから、と言う。
それなのに、この溢れ出るお母さん感はなんだろう。
こういう集いの場には、その場をなんとなくうまくまとめてくれる人って必ずいる。
なんだかみんなの保護者という感じで、いてくれるだけで安心して、その人を中心にうまくまとまるのだ。

気づくと先ほどの女の子たち3人は、恋バナで盛り上がっている。
どうやらそのうちの1人が最近気になる人がいて、その人をデートに誘うかどうかの相談をしているらしい。
女子飲みでは盛り上がること必至のテーマで、私は気になって「詳しく聞きたい〜。」
と言って思わず身を乗り出す。
りんごちゃんとサザエさんもそちらに興味を示す。隣の男性はわりと寡黙な人だけど、にこにこしていて、その場の雰囲気を楽しんでいるようだ。
話を振られた女の子は、一気にみんなの注目が集まったことに赤面して
「いやいや、私の話なんか面白くないからー!
それよりも百合ちゃんの話の方を聞いた方がいいって〜。」と言う。
百合ちゃんとは、りんごちゃんの隣に座っている京都出身でおっとりした雰囲気の女の子で、どうやら彼女もなにか恋愛ネタがあるらしい。
話を振られた百合ちゃんだが、いや私の話はそんな・・・と謙遜をして、なかなか話そうとしてくれない。
するとシナリオライターの女の子が
「実はね百合ちゃんは、新婚さんで婚約したばっかりなんだよー!」と言う。
「えぇ、そうなの?おめでとう!」
と私とりんごちゃんは声を揃えて言う。

こんな所で新婚さんに会えるなんて、なんだかおめでたい。
しかもお祝いできるなんて、と嬉しくなる。
私たちは手を叩いて喜んでいると、サザエさんが
「それで、そのお相手の人も一緒に旅に来てるんだよねー?」と百合ちゃんに言う。
百合ちゃんは照れ笑いをしながら、うんと頷く。
え、そうなの?と聞くと、どうやらみんな知っているらしく、みんなにこにこしている。
そのお相手の彼というのは、今シャワーを浴びていて、この場にはいないらしい。

りんごちゃんが興味深々といった様子で、
「2人はどういう風にして出会ったの?」と聞く。
すると、驚く答えが返ってきた。

「実はね、4年前にこのゲストハウスで出会ったの。」
えぇっと私とりんごちゃんは、再び声を揃えて驚いた。それって、どういうこと?
4年前に出会って、それから婚約をして、今またこうして出会った場所のゲストハウスにいる。
ここに至るまでの経緯がとても気になった。

すると台所の奥の方から、タオルを肩にかけた男の人がやってきた。小柄で優しそうな人で、団らんスペースにやってくると百合ちゃんと目を合わせてにっこりと笑う。
説明されなくても、見ているだけで、あぁこの2人はなにか分かり合っているんだろうなと周りに思わせるような、そういう空気が2人の間にはあった。

「4年前に出会ったあの日はね、嵐だったんだ。」
みんなからの期待が集中した末に、百合ちゃんはとうとう、ぽつりぽつりと話をし始めた。
それまで賑やかだった団らんスペースは静かになり、みんな百合ちゃんの話を聞いている。
ふと隣のりんごちゃんを見ると、さっきから中身がからっぽのグラスを持ったままなのに、話を聞くのに夢中で気付いてないみたいだ。

これは今夜は眠れそうにないな。
そう思って、私は再び身を乗り出して百合ちゃんと彼の出会いの物語に耳を傾ける。