群青色の街〜ひとやすみ〜

第32期(2017年4月-5月)

翌朝、目を覚ますと部屋に寝ているのは私だけで、横に並んでいる布団はみんなきちんと畳まれていた。
どうやら私が一番の朝寝坊らしい。
布団をめくって、うーんと背伸びをする。
障子から差し込む朝の光が心地よい。
今日もお休みで、気ままに過ごせる1日なのだと思うと嬉しくなる。

連休が取りづらい仕事で、夏以来連休が取れていなかった。翌日仕事だと思うと、休みの日でも気持ちが安らげなくて、いつも疲れていたような気がする。

だから今回の旅は、翌日のことを気にせず過ごしたいと思い、2泊の旅にしようと決めていた。

りんごちゃんは研究の予定があるから、今日の夕方には帰ることになっていた。
つまり、私だけが昨日に引き続き今晩もゲストハウスに残ることになっていた。
明日は平日だから、おそらく多くのメンバーが今日帰ることになるだろう。

誰が今晩残るのだろうか。
誰かが残ることも嬉しいし、もしくはメンバーが総入れ替えになっても、また昨日とは違う夜を過ごせそうな気がして、楽しみだった。

これからはじまる1日をぼんやりイメージしていると、目の前のふすまがサァーッと音をたてて開いた。
そこには既にパジャマから着替えたりんごちゃんが立っていて、お、起きたね。おはよーと言う。
私もおはようと返す。
りんごちゃんは私の隣の布団に腰掛けると、私がまだ眠っていた間、みんながどんな風に出発をしていったのか様子を話してくれた。

一番の早起きが百合ちゃんで、朝の7時にりんごちゃんとサザエさんが起きた時には、既に出かける準備ができていたという。
百合ちゃんはヘアーメイク共にばっちりで、長い髪を巻いてハーフアップにしていて、とてもきれいだったそうだ。
実は、今日鎌倉で結婚式の前撮りをするそうで、それに向けて準備をしていたのだという。

2人の出会いの地、鎌倉。
4年前は嵐で一緒に観光できなかった鎌倉を、今度は一緒に巡りながら、思い出を残したい。
そういう思いから、今回の鎌倉旅は実現したのだという。

どんな写真になるんだろうね。
りんごちゃんと話しながら
鎌倉の緑をバックに幸せそうに笑う百合ちゃんと彼の写真を想像してみる。

その後、サザエさんと女子3人組と準備を終えて、団らんスペースに行くと、料理人志望の少年と、宴会で私の隣に座っていた男性もいて、みんな揃ったという。
そこでみんなでちょっと話をした後、
一人、また一人と順番にゲストハウスを出発して行ったそうだ。

みんなが発っていく様子を聞いて、
私は巣から飛び立つ小鳥を想像した。
ただその巣というのは、生まれ育った巣ではなく、巣立った後の長い飛行人生の途中の通過点のようなのものだ。
自立して自分たちの力で空を飛んでいた小鳥たちは、途中で少し羽を休める場所として、このゲストハウスを選んだ。
そして、このゲストハウスでの体験を通してそれぞれになにかを吸収して、糧として、
そして朝がきて旅路を再開する。
そんな長い旅路の途中で、
ちょっと心をひとやすみさせるお休み処。

私たちはおしゃべりをしながら、出発をする準備を終えて、まっくろくろすけの階段を降りていった。
団らんスペースに行くと、もうみんないないかと思っていたけれど、宴会で私の隣に座っていた男性が一人残っていた。

今日はどこに行くんですかと彼に聞くと、切通しへ散策に行くのだという。
切通しってなんですかと聞くと、山や丘の一部を切り開いて作られた古道のことだという。
中世から人の往来がある歴史ある道で、山を切り開いて作られたために、木々と崖に囲まれた場所で、ちょっと神秘的な光景らしい。
その人は鎌倉の主要な7つの切通しのうち、既に6つに行ったことがあり、今日はその残り1つに行くのだという。

切通しというものを初めて聞いて、スマホで検索してみた。
すると苔や草の生えた崖が道を囲んでいる写真がでてきて、周りを深い緑色の木々が覆っている。
その光景を見ていると、かつてカンボジアで訪れた古い遺跡を彷彿とさせた。
苔に覆われた遺跡と、その遺跡を取り囲んでいた樹木。
人が作り出したものと、自然とが力強く共存している様が
場所もスケールも全く違うのに、どこか似たところがあると思った。
切通しって、きっとただの道ではないんだろうなと思う。

そして今度はその人から、どこへ行く予定ですかと尋ねられたので、今日は衣張山へ行く予定だと話す。
衣張山は私が鎌倉へ来るきっかけとなった映画の中で登場していた。
2人の姉妹が登っているシーンがなんとなく印象に残っていて、そこに登ることが今回の旅の目的の一つだった。

そんな風に話をしていると、気付いたら10時近くになっていた。
まだ朝ごはんも食べていない私たちはお腹が減ったねと話すと、男性もまだなにも食べていないという。
じゃあ、どこかへご飯を食べに行きましょうかという流れになり、席を立つ。
鎌倉に何度も来ているというその人は、おすすめの市場があるという。
市場?と私が聞くと、
「その市場では、鎌倉でとれた旬な野菜が売ってるんだけど、中にはチーズ屋さんやケーキ屋さんもあって面白い場所なんだ。
それで、そこにおいしいって評判のパン屋さんがあって、前からそこに行きたいと思ってたんだよね。」
と言う。
興味津々という様子で話すその人を見て、この人はもしかしてそこで一緒に食べに行く仲間を探していたんじゃないかと思った。
一人旅をしていると一人ご飯が続くから、誰かと一緒にご飯を食べたくなるものだ。
私はそんな気持ちも分かったし、市場の中のパン屋さんも気になるので、3人で一緒にゲストハウスを出ることにした。

バスで10分ほど鎌倉駅方面に向かって揺られ、降りたバス停から少し歩いた先に、市場はあった。
一目見て、すぐに市場だと分かった。
なぜなら、コンビニや普通の建物が並ぶ通りの中に、異色な雰囲気を放つ建物群がそこにはあったからだ。

建物の一番高いところには
『鎌倉中央食品市場』
という看板がかかっている。
その看板の下には、八百屋やチーズ屋の小さなかわいらしい看板が並んでいた。
その市場を見ていると、大きなおもちゃ箱を見ているような気分になった。
市場というおもちゃ箱の中に野菜やチーズが入っている。小さなワンダーランド。

市場の入り口は八百屋さんで、
軒先にはほうれん草や大根、さつまいもが並べられている。
市場に入っていくと、いらっしゃいませーという元気な声があちこちからかけられる。
店をやっている人たちの中には結構若い人もいて、活気がある雰囲気がした。

少し進むと左手に目当てのパン屋はあった。
そこは壁が一面ガラスで、厨房では人がパンを作っている様子が見えた。
店の入り口にはショーケースがあり、焼き色が濃いバケットや珍しい模様をしたパンが並んでいて、どれもあまり見慣れない形をしていた。
そしてなによりも印象的なのは、この店が放つ雰囲気だった。
店の壁面には、異国のものらしいポスターやシールがぱらぱらと張られていて、
棚の上には日本では見たことがないような変わった形の小物が並んでいる。
中をのぞくと全体的に木でできた造りで自然を感じさせる店内で、
机と椅子が置かれているので、一応イートインスペースもあるようだ。
エキゾチックなパン屋という形容がしっくりくる、そんな店だった。

最初にこの店の前を通った時は、インテリアを生産している工房か何かかと思い、3人とも気付かずに通り過ぎてしまった。
しかし、グーグルマップではここを示しているので、引き返して改めて見たら、ここが目指していたパン屋だった。

私たちはそこで、ちょっと遅いモーニングセットを食べることにした。
注文してから少しして、コーヒーと卵と食パン、そして黒いフォカッチャが運ばれてきた。

image

黒いフォカッチャが珍しくて、店員さんにこれは何ですかと聞くと、オリーブフォカッチャというものらしい。
食べてみるとオリーブの風味が口の中に広がり、もちっとした食感で、今まで食べたことがない不思議なパンだった。

3人でその珍しいパンを食べながら、昨晩聞いた話を思い出して、あんな映画みたいな話って、実際にあるんだねと話す。

するとその男性が
「なんか、いい曲が書けそうです。」
と言う。
「曲を書いているんですか?」
りんごちゃんが聞くと、その人は普段先生として仕事をしている傍ら、作曲をしているらしい。
へぇ、すごいですねぇと言うと
「いや作曲と言っても、今曲として使われているのは、地元の小学生たちが合唱とかで歌うような曲なんだけどねぇ。」
と照れくさそうに笑う。

そして、
昨晩のような心に残る話を聞くと、
そこで感じた思いを形にして残したくなるんだよねと言う。

私はその人の話を聞いていて、
なんとなくその気持ちがわかる気がした。

ただ感動した、というだけで終わらせたくない。
その場にいなかった人にも共有できるように、自分ができる何かしらの形で残したい。
そしてその人たちの心も動かせたら、
そんな面白いことってないと思う。

私たちはのんびりとコーヒーを飲んで、おしゃべりをしてから、
そろそろ行こうかと言ってパン屋を出ることにした。

3人で駅に続く大通りを歩く。
秋の鎌倉は、想像していたよりも涼しくて、薄いニットを着たりんごちゃんが、少し寒いので何か上に羽織る物がほしいという。
確かに山の上で過ごすことも考えると、寒くないように羽織れるものがあるといいねと話し、山へ行く前に探すことにした。

駅前まで行くと、地元の人がよく利用していそうなデパートがあり、そこに婦人服売り場があるので、中へ入ることにする。
婦人服売り場へ行くと、そこには想像通り、全体的に対象年齢が高めの洋服が売られていた。
例えば前をきちんとボタンで留める毛糸のカーディガン(お花の刺繍付)とかが売られていて、お世辞にもお洒落だとは言い難い服が多かった。
だけど、実用性を重視しているところが、今のりんごちゃんのニーズには合っていて、
シンプルだからこそ組み合わせ方によってはお洒落にもなると思った。

結局、その男性も一緒になって3人でりんごちゃんに合う服を探すことになった。
初対面の、しかも男性と
なぜか一緒に鎌倉のデパートの婦人服売り場で服を探すというおかしなシチュエーション
に、後でりんごちゃんとよく笑い話になったものだ。

最終的には、主張が程よく少ないネイビーのパーカーに決まり、りんごちゃんはそれを買ったら早速着ていた。
そんな不思議な買い物をした後、
駅前でその男性とは別れた。
おかしな買い物に付き合わせてしまったのに、なんだかその人は楽しそうで、ありがとうと言って切通りへ向かうバスに乗り、
移動して行った。

私とりんごちゃんは、駅から衣張山の登山道の近くまでバスで移動した。
途中鶴岡八幡宮の前を通ると、朝までいたゲストハウス周辺の静かな雰囲気とはうってかわって、観光客でごった返していた。

私たちは10分ほどバスに揺られて、山沿いの道路のバス停で降りた。
深呼吸をして、新鮮な空気を吸い込む。
道路沿いには緑色の木々が並んでいて、小川がちょろちょろと流れている。
鎌倉の山に一気に近づいた気がした。
「じゃあ行こっか。」
東京で見たあの映画で、姉妹が登ったあの山からは、どんな景色が見えるのだろう。
山頂の景色に想像を膨らませながら、私たちは衣張山へと続く道をゆっくりと歩いていく。