群青色の街~気付き~

第32期(2017年4月-5月)

「きたー!」「着いたね!」

想像以上に登りごたえのある道を登り終えて、
私たちは衣張山の山頂にたどり着いた。
山頂からは、海と山に囲まれた鎌倉の街が見渡せて、
歴史の授業で鎌倉は攻められにくく守りやすい地形だと習ったことを思い出す。

山には深い緑色の木々がこんもりと広がっている。

海と空は淡い群青色で、どちらも似た色をしているから、境界線が曖昧だ。

空には白い雲がふんわりとたちこめていて、雲の切れ目からは、青い空が見えていて、明るい陽の光がその間から差し込んでいる。
ぼんやりした景色の中で、その部分の明るさが際立っていて、みとれてしまう。

山と空と海に囲まれて、鎌倉の街にはたくさんの家が並んでいて、いくつもの生活が営まれていることを実感する。

私はしばらくその景色をぼんやり眺めていた。
隣でりんごちゃんも同じように、その景色を眺めている。

飾り気のない、素朴なその景色を見ていると、どこか気が楽になって、
気付くとそれまでなんとなく心の中で気にかけていた事柄が、口から滑り出ていた。

「なんかさ、『えらいね』って言われたことある?」
「うん…、たぶん言われたことあると思う。」
「私さ、この前古い付き合いの友達に久しぶりに会って、その子に自分が将来やりたいことに向けて、今こんなことをやっているんだって話をしたんだ。
そしたら、その子からそう言われて。
なんかさ、その子は感心してそう言ってくれたのかもしれない。
でもね『えらいね』っていう言葉って、その言った対象に対してちょっと距離を置いて、
自分にはあまり理解できないけど、とりあえず褒めるための言葉として言っておく、
みたいなニュアンスが感じられて。
考えすぎかもしれないけど。

それで、なんかずっとひっかかってて。

きっとその子は気軽に言った言葉なんだろうけど、あぁこの子には、もう私のやっていることとかは理解してもらえないのかなって思って。
少し寂しくなって。」

なんでそんなことを話し始めたのか、分からなかった。
脈絡もなく、唐突にぽつりぽつりと話し始めていた。
でも話しているうちに、あぁずっとひっかかっていたんだなぁと自覚をする。

「う〜ん、そうなのかなぁ。」
りんごちゃんはそう言ってくれる。
優しいりんごちゃんは、私がどうしても前向きな方角とは逆の方向に自分から落ちて行こうとする時、こういう考え方もあるんじゃないとそっと示してくれる。

「きっと、自分にはできないことだって思って、尊敬の気持ちから出た言葉なんじゃないかな。」
りんごちゃんはそう続ける。
「うん。」私は頷く。

何故だか分からないけれど、

私は少し泣きそうになる。

鎌倉の自然や人に触れていると、
それまで気付きもしなかった自分の気持ちが、
思いがけずぽろぽろとでてくるのは、
何故なんだろう。

私はふとあの映画のワンシーンを思い出した。
姉妹が山頂にやってきて、姉が大声をだすと気持ちいよと言い、そして、わーっと大声をだす。
最初はためらっていた大人しい妹も、
それに倣って大きな声をだすシーンだ。

なんとなく印象に残っていて、
私も大きな声をだしてみたくなった。
でも、わーっと叫ぶのってなんだか恥ずかしくて、
でもやっほーと叫ぶのならありかなぁと思う。
やまびこなんて返ってきそうにない地形だけど。

私は「やっほー!」と叫ぶ。

私の声は鎌倉の山を降りていく。
この声は、鎌倉のどこまで届いたんだろう。

お腹の底から声を出すのが久しぶりで、
自分を解き放った気分になる。

りんごちゃんにも気持ちいいよ?と言うと、
りんごちゃんは、えぇ~と最初は言ってためらっていたけれど、
同じように「やっほー!」と叫んだ。

私達は、私達なりの叫びたいこと、出したいものが積もっていて、それをここで少し出せたような気がした。

そのために、今日はここまで来たのかもしれない。

そんなことを思いながら、私たちは大きな木の下に座って、駅前で買ったサンドウィッチをほおばり、他愛もない話をする。

途中、山頂にやってきた4人家族に写真の撮影を頼まれて、カメラのシャッターを押す。
その家族のお父さんにカメラを返す時にありがとうと言われ、そしてこれからどこへ行かれる予定ですかと聞かれた。
私は鎌倉文学館に行こうと思っていると言うと、
それなら早めに行った方がいい。この時期は確か16時台には閉まってしまうから、と言う。
そういえば、博物館が閉まる時間ってわりと早かったりするものだ。
ちょっとのんびりしすぎたかもねと言って、私たちはサンドウィッチの包み紙を鞄にしまい、お父さんにお礼を言って、下山することにする。

大仏方面につながるバスに乗り、私たちは交差点のそばの『海岸通り』というバス停で降りた。

交差点を右折して、閑静な住宅街の中を少し歩くと、文学館の敷地の正門があった。
正門を抜け、木々や石に囲まれた道を進んでいく。その道はゆるやかにカーブしていて、道の先が全て見通せないから、進む先に何が待っているのか分からなくて、わくわくした。

ちょうど太陽が雲の合間からでてきて、陽の光が差し込んでくる。
私たちはその木漏れ日の中をゆっくりと歩いていく。
途中、石でできたトンネルを通り抜けて、少し歩くと、文学館が見えてきた。

文学館は青い瓦屋根にクリーム色の壁でできた二階建ての、かわいらしい洋館だった。
その文学館の前に広がる芝生の広場まで来たところで、その芝生の先に広がる光景を見て、驚いて立ち止まってしまう。

その芝生の前方には、小さな庭園があって、
赤色や濃いピンク色、黄色のかわいらしいバラが咲きこぼれている。
そしてさらにその庭園の先には、
先ほど山の上から見た淡い群青色の海が広がっていた。

現代にいることを忘れてしまうほど、特別な雰囲気が漂っていて、
文学館を囲む景色は、異国の街から切り取ってきたような、そんな感じがした。

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私たちはその景色を眺めて、バラの写真を撮って楽しんだ後、文学館の中の展示室へと向かった。

そして、そこで思わぬ発見をした。

鎌倉文学館は、鎌倉ゆかりの文学者の直筆原稿や文学資料などが展示されている博物館で、
その展示室に入ってみると、鎌倉に実際に住んでいた作家が多くいたことを知った。
芥川龍之介や川端康成をはじめとして多くの文学者が鎌倉に移り住み、
鎌倉が舞台の作品が世に多く出ていた。

私はその文学者たちが残した資料を見ながら、文学者たちが創作の場として、暮らす場所として、鎌倉を選んだ気持ちがなんとなく分かる気がした。

鎌倉のこの素朴さは、他の土地にはないもので、自然と一緒に無理なく暮らしている、
そんな感じがするのだ。
鎌倉にいるだけで心が楽になっていく、
鎌倉にはそんな不思議な力がある。

そして作家たちが残した、何度も書き直された跡のある古い原稿を見ていると、
私の中に決意に近いものが芽生え始めていた。

書くことは孤独な作業だけれども、
それでも書くことをやめられない人たちが、
ここ鎌倉の地で筆を動かし続けていた。

書くことをやめられない人たちが、
ここ鎌倉の地で、確かに生きていた。

生きていた時代も違うし、並列して考えるのもおこがましいような偉人ばかりだけれど、
私の心を確かに勇気づける、
彼らが生きた痕跡がそこにはあって。

私はその感情をうまく言葉にできなくて、
その展示室から出た。
ただ、何か自分を変えるような気付きを
その時得られたような気がした。

文学館を出た後、私とりんごちゃんは近くの喫茶店でお茶をして、そして別れることになった。
りんごちゃんは鎌倉駅へと向かうバスに、私はその反対方面へ向かうバスにそれぞれ乗り、手を振って別れた。
「また東京で会おうね!」
旅先で友人と別れるのは初めてで、なんだか新鮮で面白かった。

さて、一人になった。

誰かと一緒にいた後の一人って、
結構寂しいし、少し不安になったりもする。

そして、ゲストハウス2日目の夜って、どんな感じになるんだろう。
今朝、一人また一人と発っていた様子を見て、きっと今晩は昨日とは全然違う夜になる予感がしていた。

バスに揺られながら、窓の外を流れていく鎌倉の景色をぼんやりと眺める。
「今夜は一人酒盛りもいいかもしれない。」
ふとそう思う。
あの趣のある囲炉裏のある団らんスペースで、日本酒を飲みながら、のんびりするのもいいかもしれない。
私はゲストハウス近くのバス停で降りると、そのままスーパーで日本酒やおつまみ、マシュマロ(囲炉裏でちょっと焼いて食べるのが絶品らしい)を買って、ゲストハウスへと向かった。

最初に来た時と同じように、
再びゲストハウスの前に立つ。
少しどきどきしながら、入り口につながる小道を進む。
百合ちゃんたちの話を聞いたのは昨晩のことなのに、もうずいぶん前の出来事な気がする。
それくらい、昨晩から今朝、そして先ほどまでの旅路は濃い体験の連続だった。

私は再びゲストハウスの入り口の引き戸をそろそろと開けて、
2日目の夜を迎える。