On your marks

第32期(2017年4月-5月)

cover

「位置について」「プレイボール」「キックオフ」

多くのスポーツに存在する始まりの合図。
その合図の後にいくつもの物語が生まれる。

「On your marks」

それはトライアスロンの始まりの合図。
スイム・バイク・ランの三種目を連続して行う競技。
ある人には過酷と言われ、
ある人には絶対にやりたくないと言われるスポーツ。
それなのに、トライアスロンに魅了される人がたくさんいる。
僕もそのうちの一人だ。

高3の夏、それは2012年の夏、受験勉強の息抜きで、
ロンドンオリンピックを観戦していたときのこと。
テレビをつけた時に中継されていたのが女子のトライアスロンである。

オリンピックでは
「スイム1.5㎞・バイク40㎞・ラン10㎞」
の合計51.5㎞でレースが行われていることを知った。

高校の英語の教科書には
「スイム3.8㎞・バイク180.2㎞・ラン42.195㎞」
という、すさまじい距離が書かれていたから
そのときは、意外と短いなと思った。

どの選手が速くて、どのくらいのスピードが速いのかなどまったくわからない。
だけど、フィニッシュするギリギリまで複数の選手が並走するレース展開にはわくわくしたことを覚えている。
そのときに、トライアスロンをやってみたいなと
潜在的に感じたのかもしれない。

受験が終わり、無事に明治大学への入学が決まると、
トライアスロンができる場所を探した。
雨と一緒に桜の花が落ちているキャンパスで、
トライアスロン部の新歓ブースを探す。
パンフレットに記載されている場所に部員の姿はなく、
どうやらその日は練習を優先していたらしい。

幼い頃から高校まで続けていた野球のサークルもいくつか見たが、
結局、大学での4年間はトライアスロンばかりであった。
ただし、僕のトライアスロンに対するモチベーションはロンドンオリンピックで見たような、
競技性を重視したものではなく、
トライアスロンを通じてたくさんの楽しみを見つけることでしかない。
それが許されるチーム方針であったことも、
入部を決めた大きな要因であろう。

ランニングは陸上部レベルとはいえないまでも、
高校のマラソン大会で優勝するくらいだから、それなりに走れるだろう。
自転車は毎日チャリ通だったから乗れないことはないだろう。
と考えていたが、水泳だけは少し話が違う。

実際に練習に参加してみると、
プールで25mを泳ぐことができずに練習にならない。
そんなレベルで練習を体験する人は、
辞めていくことがほとんどらしかった。
それでも僕は辞めなかった。

強い意志があったのではない。
トライアスロンを完走することの魅力に対しての
嗅覚が過敏に働いたのだろうと考えている。

練習に参加することも楽しかったが、
やはりレースの魅力はそれ以上のものだった。
いくつものレースに参加して、やりがいや達成感を見出していく。
その中でも、オリンピックの設定よりも距離が長いレース、
いわゆるロングディスタンスのレースに魅力を感じていた。
その距離は、誰かと競うというよりは、自分の力を試すという感覚に近く、
勝負ごととは違う楽しみ方がある。
そこで、自分がいかに楽しむかということを考えて練習を続けていた。

しかし、トライアスロン部としての目標はそこにはない。
二年生のときの部の目標にはインカレ(日本学生トライアスロン選手権)に
部員20名以上出場というものがあった。
インカレは、毎年夏休みに行われる学生の一番を決める大会で、
大学のトライアスロン部として最大の目標とすることは当然である。
上位3人の合計タイムを競う団体戦でも優勝を目標としていたが、
はっきり言ってそこまで目指せるような実力ではなかった。
目標がそれだけだったら、
インカレに出ようと強く思うことはなかったかもしれない。
ただ、20名という目標なら、自分でも届きそうで、
チームに貢献できるんじゃないだろうかと思った。

6月の終わりに関カレ(関東学生トライアスロン選手権)が開催される。
この大会は、インカレの予選大会で、
規定順位内の選手がインカレへの出場権を獲得する。
みんなこの大会に照準を合わせて挑む。
ただし、僕だけは大会の運営役員を兼任していたため、
大会に出場できず翌週の東北大会に特別に出場することになっていた。

関カレの結果、インカレ出場権を獲得したのは19名。
つまり、目標を達成できるかどうかは、僕にかかっていた。
東北大会で20人目の選手になるという
最高のモチベーションをもらいレースに挑む。

「On your marks」
一瞬の静寂の後、高い音のホーンが鳴って、
一斉に選手が海へと走り出した。

その結果、
順位にしてあとひとつ、
自分の前にフィニッシュした選手がボーダーラインとなってしまった。
20人目になることはできなかった。
インカレ選手になることはできなかった。
絶対にいけると信じて挑んだはずのものに結果がついてこなくて、
悔しくて涙を流した。

翌年、僕はもう一度挑戦する。
あえて東北大会を選び、インカレの枠をかけて戦った。
「On your marks」
またこの砂浜に並んで、海に飛び込む。
東北の海は塩辛いのに、泳いでいるうちはそんなことを感じなかった。

その結果はまた同じ、順位にしてあとひとつ、
自分の前にフィニッシュした選手がボーダーラインとなってしまった。
このとき流した涙は違うものだった。
自分が実力が情けないのではない。
この悔しさを知って練習する姿を見てきたマネージャーの、
ともに戦ってきた仲間の期待に応えられなかったからだった。
自分が楽しむためだけに始めた、個人スポーツのトライアスロンで、
こんなにも仲間を感じる瞬間が訪れるなんてと思い、
涙が止まらなかった。

その翌日、授業をさぼってしまった僕は、部屋の掃除を始めた。
すると、1年前のレース直前にマネージャーから受け取った手紙を見つけた。
そこには「頑張れ」という趣旨のことが書いてある。
今回もらったものとほとんど趣旨は変わらない。
それなのに、この2つの手紙を並べてみると、
そこには明らかに時間の流れを感じた。
手紙と手紙の間に、1年間が存在していた。
それに改めて気づいたときには、涙がすでにこぼれていた。

大学生活最後の挑戦も東北大会だ。
インカレという特別な舞台を目指して、再びレースに挑戦する。
「On your marks」
ここに立つのは3回目だ。そのたびに、違う思いで挑んできた。
3回目は、なにがなんでも楽しむと決めていた。
悔いが残らないようにとか、死ぬ気でとかじゃなくて、
楽しむことが一番大切だと思った。
それがトライアスロンを始めた理由だから。それを失ってしまっては
トライアスロンをやってきた意味がなくなるから。
だから楽しむことだけを考えてレースに臨む。

そして、結果はまた同じ。
順位にしてあとひとつ、
自分の前にフィニッシュした選手がボーダーラインとなってしまった。
3年連続で、あとひとり届かないなんて不思議な結果だと思いながら、
それが実力をよく表しているのだなとも感じた。
インカレに出場したい、その目標を達成したいのであれば、
切り捨てるべきものが他にたくさんあった。
だけど僕はそれを捨てなかった。
それがなければ、このレースを楽しめないことを分かっていたからだ。
そして、捨てなかったからこそ、
僕を応援してくれる仲間がたくさん増えた。
フィニッシュ直後、涙を流してくれる人がたくさんいた。
そのときに、トライアスロンの魅力にさらに気づいてしまった。
トライアスロンが仲間を繋いでくれた。

3年間、東北の砂浜で聞いた
「On your marks」
にはそれぞれの意味がある。同じ意味などありえない。
この言葉を聞いて海に挑むとき、僕はそのたびに心が動いて成長する。
たいして難しい言葉ではなくて、
特別な意味を含んでいるような言葉ではないはずなのに、
僕にとってこれほど大切な言葉はない。

インカレが始まろうとする瞬間、
このときも、同じ言葉が聞えてくる。
「On your marks」
僕は砂浜に立っていたけれど、海には入れなかった。
それなのに、塩辛いと感じていたのは涙が流れたからなのだろうか。

ムコーダ