入居者名・記事名・タグで
検索できます。

3F/長期滞在者&more

ダミアン・ジャレの「The Ferryman」を観て。

長期滞在者

先週のある日、友人のダンサーで振付家のダミアン・ジャレに
数日前に編集が終わったという新作ダンス映像が見せたいと
彼の自宅に招待されたので、お邪魔してきた。
彼とは音信不通な時期が長かったのだが、
妙な縁で、アクセル・ヴェルヴォールト氏を介して
最近また会って話すようになった。
大の日本好きになっていた。

ダミアンはP.A.R.T.S.というダンス学校の出身で、
彼が学生だった当時、その学校の母体となったダンスカンパニーのローザスで踊っていた僕は、
これまでに彼の活躍を見聞きすると、ついつい、
うんうん、若いのが頑張ってるね、よっしゃよっしゃ、
というあんまり根拠のない余裕綽々なちょい上から目線な態度を取っていたのだけど、
この映像作品を見て驚いた。
しばらく会わない間に、彼はすっかり第一線級のアーティストになっていた。

ともあれ、この作品を見ていろんなことを感じさせられたり考えさせられたりしたので、
ちょっと感想みたいなものを書いておこうと思います。
(以下、評論モードに入ります。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ダンスとしての希望
── ダミアン・ジャレ『The Ferryman(渡し守)』を観て──

反転牧神
ニジンスキーの「牧神の午後」はフォーン(牧神)という下半身が
獣であるがゆえに好色な神に彼自身が憑依されるようにして、抑圧
された性のエネルギーの解放やそれに伴う官能性を表出した。それ
は同時代のフロイトが精神分析学で発見しつつあったことを彼は芸
術家として感覚的に捉え、20世紀初頭の西洋社会が直面していた
内なる自然との葛藤を図らずも表現したものとなった。

ダンサーであり振付家であり、またプロデューサーとしての一面も
持つダミアン・ジャレは彼と同じくフランス人である映像作家ジル・
ドゥルマ
との共同製作による映像作品『The Ferryman』(「渡し
守」と訳すのが適当だろうか)で、ニジンスキーの牧神とは逆に頭
部が獣の半獣半人、というか頭獣体人の姿で登場する。彼の頭には
鹿の角が装着されており、攻撃的に萌え出す野性が凝結したような、
その大きな一対の角は森羅万象が発する様々な周波数を受信するた
めのアンテナのようにも見える。おそらくジャレ自身は意識してい
なかったと思うが、ぼくにはこのキャラクターが反転された牧神に
見えた。性が(少なくともニジンスキーの生きた時代よりは)解放
され、性的に挑発的なイメージで溢れる現代に、ことさら好色を惹
起させる牧神との同化など、もはや必要ないのかもしれない。では
頭を獣と同化させた彼は何を挑発しようというのか。いや、そもそ
もそんな意図があるのかないのか。そんな疑問にとらわれている間
も与えず、映像は世界各地を遍歴し、自然や村や街の中で踊る反転
牧神の姿と彼が目にするものを追い続ける。

母神の呼び声とモノミス
この現代の牧神が辿る道程は、マリーナ・アブラモビッチにより語
られるテキストによって、ダンテの『神曲』のような階梯を持つこ
とが示唆される。それは地獄の冥府から始まり天界で終わるが、ア
ブラモビッチの静かだが荒々しさを感じさせ、時には艶かしくも感
じる深く低く凄みさえある声は、そのすべての階梯の裏に隠れてい
るのが大地母神(グレートマザー)であり、その母神が発する声は
かくもあろうかと思わせる。この作品において彼女の声と断片的に
登場する彼女の映像が果たす役割は大きい。

反転牧神という言い回しもまどろっこしく、単に「牧神」というの
も誤解を招くので、以下このキャラクターを「鹿神」と呼ぶことに
して先を続けるが、ここで全体の流れをごく大雑把に書いておくと、
アブラモビッチ母神に誘われるようにして旅を始めるジャレ鹿神の
遍歴は、まずジャワの魔女ランダに出会うところから始まる。地獄
に落ちるところから旅が始まるのである。そしてアジア各地の葬送
儀式や祭や原生林や火山を巡りながら日本では修験道を体験し、つ
いにたどり着くのは原発事故で廃墟となった街である。そして宮城
県に残る鹿踊り(廃れかけていたものが、311の震災以降活発に演
じられるようになったそうだ)がヨーロッパからやってきた鹿神を
迎え入れる(ように見える)映像を主軸にしながら、人の気配が徐々
にフェイドアウトしていき、この作品も終わる。

神話学者ジョセフ・キャンベルが提唱した物語原型(モノミス、
monomyth)
という理論があり、それによると、あらゆる神話的英
雄譚に共通する構造があるという。キャンベルはそれを細かくは17
に分け、それは大まかには3つの段階に分けられるとする。「旅立
ち」「試練」「帰還」の三つがそれであり、これを鹿神の旅程に当
てはめてみると、ランダに取り込まれるあたりが「旅立ち」であり、
修験道の行者との関わりとその後の廃墟にたどり着いてから断続的
に繰り返される断末魔のダンスを繰り広げる辺りが「試練」、そし
て鹿踊りとの出会い以降が「帰還」という風になるだろう。だろう、
というよりも、かなりぴったりとはまってしまうのだ。作者たちの
意図は訊いて見なければわからないにしても、かなり正確にキャン
ベルの理論に沿った構造になっている。とすると、この映像作品は
ある種の英雄譚になっているのだろうか。これはあくまでもぼく個
人の意見ではあるが、この作品は英雄譚になっている。そして、神
話の英雄というのは、一つの物語の終わりに何かを勝ち取って帰還
するのだが、では、この鹿神は最後に何かを勝ち取ったのだろうか。

ダンス・ソリチュード
そのことを考える前に、この作品の理解を助けると思われる点をい
くつか書いておきたい。まず一つ重要だと感じたのは、ジャレ鹿神
が遍歴の場所を変えるごとに、彼が何者かによってその場所にポツ
ンと放り出されたような印象を受けることだ。このポツンと放り出
された所に立ち、今ある状況を把握しようとしながら、最初の一歩
を踏み出そうとするその姿は、紛れもなくソロダンスを踊り始める
直前のダンサーの構えなのだ。それはジャレ自身がダンサーだから
そう見えるのだと言ってしまうのは簡単だ。しかし、彼らが編集の
段階でそのようなイメージを選んだところに当然何か言外の意味が
あるはずだ。

ダンサーが一人で立っている姿というのは(その立ち姿がニュー
トラルであればあるほど)、人類の誰もがが根本的に持っている孤
独感を否応なく象徴してしまう。もっと大げさに言えば、量子レベ
ルで見れば、どんな物質もあくまで量子間の関係性のみでできてい
て、それぞれの震える量子たちは関係性のみが交差する時空に他の
量子と触れ合うことなく宙吊りにされているようなものであって、
ということは物質そのものが孤独の集積でできているとも言えると
いう、その存在学的ソリチュードさえも表現してしまえるメディア
がダンスなのかもしれない。そしていうまでもなく、ダンスという
のは踊ったそばから消えていく。つまり踊るたびに新たなものを創
出していかざるを得ないのがダンスである。本来のダンスは無常迅
速の儚さそのものなのだ。

また、先に「何者かによって放り出された」と書いたが、その何者
かが人間の理性では捉えきれないようなより大きな存在であるのは
当然である。そのより大きな何かと繋がりながら踊るということの
意味を考え、感じるためにランダに会い、修験道の行者に会うなど
して思索を深めながらこの作品を撮影していったのだと、ジャレ本
人が語っていた。

ランダとバロンの対決の中に、屋久島の原生林の中に、修験道の山
中に、福島の廃墟の中に、ブリュッセルの寒々しくだだっ広い倉庫
の中に、放り出された鹿神がダンスの根源を探るものとして、それ
ぞれの場所の重力の中に身を投じていく。どのように踊るかという
ことは、どのように落ちるのかということである。ここでぼくは田
中泯の「場踊り」を思い出すし、さらにはウィリアム・フォーサイ
スがインタビュー映像の中で語っているのが忘れられない「Why
now dance?」(今なぜダンスなのか?)という問い、そしてピナ・
バウシュの「私に興味があるのは、人がどう動くかではなく、何が
人を動かすのか、ということ」などの言葉が連鎖してくる。これは
ジャレ本人にも聞いてみて確認したことでもあるのだが、この作品
を製作している間、彼の中にも「ダンス」とは一体何のことなのか
という問いが常にあったらしい。

ということは、この鹿神がポツンと立っている様子にぼくが見たの
は、これから結ばれるであろう畏怖すべきより大きな何者かとの繋
がりがもたらすであろう未知の出来事が一期一会のダンスであるこ
とを期待しながらも、畏れを抱き、呼吸を整え、全身に意識を巡ら
せながらその場に向かい合っている根源的ダンサーの姿だったのか
もしれない。この鹿神の遍歴は本来のダンスの姿を追い求めながら、
これからのダンスを探し求めるためのものなのだ。

切り開いても見えない
それから、この作品が目指していることを考えるという意味では、
マシュー・バーニーの作品と比較してみるのが有効ではないかと思っ
ている。この二者には似ている部分があり、当然ながら同時にまた
相違点もあるので、この二つを比べてみるとジャレ作品の特徴が明
確になってくるだろう。なので、少し試してみることにすると、ま
ず双方ともに人体に関わる粘液質なイメージが多用されたり神話的
雰囲気を持つあたり、似ているところが確かにある。だが、一つ決
定的に違うのは、バーニー作品にある、切り開いて見ようとする動
作や、それに関連した刃物などの道具へのフェティシズム、つまり
解剖学的な好みというものがジャレの作品には全くない、というこ
とだ。ここで少しだけマシュー・バーニーの作風について分析する
ために、試みに、解剖学的方法についてバーバラ・マリア・スタフォー
の著書『ボディー・クリティシズム』にある文章を引用してみる。

”解剖術を「より深みにあるとか隠されているとかいう部位を見る
ために切り開くこと」とするガレノス的解剖観が啓蒙主義の中核的
問題の、その核を真っ芯にえぐる。どうすれば事物の内部(インテ
リア)を見られるか。解剖学(anatomy)と、それと切っても切れ
ない切開(dissection)の術が、深部を相手にする強いられた、
技の巧みな、工夫を重ねた、あるいは暴力的な研究なべてに対する
18世紀の規範(パラダイム)であった。”

”傑出した彫板師ウィリアム・ホガース(1697-1764)が、その
『美の分析』序文で、友人のベンジャミン・ホードリー博士の助力
に感謝しつつ、内部の諸形態を知る巧妙な手法を開発した。
(中略)
ホガースは、身体、骨、角といった内部がうつろな形態を賛美した。
だからデザイン・トゥールとして蛇状曲線を発明し、それらの筋肉
のよじれ捩れ、彎曲し止まぬ凸部凹部を明るみに出そうとしたので
あった。”

ここに書かれているウィリアム・ホガースの好みがマシュー・バーニー
のそれと重なって見えるのはぼくだけだろうか。彼の作品を知ってい
れば、このちょっとした引用からだけでも、彼が18世紀近代西洋芸
術の流れを引き継いだアーティストだということが感じられると思う。
彼は彼自身パフォーマーでもあるが、基本的にヴィジュアルの人であ
る。切り開いて見える「内部の諸形態」やその周辺の事物をヴィジュ
アルにすることは可能であり、彼はそれを作品にする。しかしダミア
ン・ジャレはダンスの人である。身体を切り開いて「ダンス」を
取り出すことなんてできないし、切り開いた時点で一巻の終わりなの
だ。(ダンスを取り出すということは魂を取り出すということと同じ
ようなことなのだから。)そういう意味では彼は18世紀以来の西洋
美術の伝統を引き継ぐことはできない立場にいる。とはいえ、ダンス
に解剖学的方法が使えないわけではないし、実際に解剖学的な筋肉や
骨格の構造についての知識を動きの開発に生かすトリシャ・ブラウン
などによる試みも行われていたし、さらには、コンセプチュアルな
ダンス作品が昨今流行っているのも、言葉でダンスを形而上学的に解
剖しているのだと解釈すれば、その流れの一環なのだと言えるのかも
しれない。たとえそうだとしても、「ダンスそのもの」を取り出すこ
となんてやっぱりできない話なのだ。ジャレはそういう「内部の諸形
態」として把握することのできないダンスについて考え続けていく過
程で、日本やアジアに目を向けることになったのではないかと思う。
(伝統的な東洋医学は切り開かないのだし。)そしてもっと言えば、
西洋では彼が感じるダンスが禁じられていると感じてさえいるのでは
ないかとも感じる。

舞踊来訪神のエコロジー
このように考えてみると、ジャレは西洋を疑問視しながら熟慮を重ね、
その上で頭部を獣化することで本能的な感覚を理性から解放する意思
を示し、その意思を実現するために、その奇妙な異人の姿をもってア
ジアに、そして日本にやってきた。それはある種の逃避(もしくはア
ウトサイダーが度々味わうことになる「追放」であったかもしれない)
であるが、それは已むに已まれぬものであったに違いない。その異人
が多くの日本人自身が知らないような日本を多く含むアジアの祭を見、
修行をし、儀式に参加し、さらにはその経験で得た感覚をダンスを通
じて映像化することで、ここにまだ何か大切なものが残されている、
という感覚を観るものと共有しようとしている。日本人としてみる時、
この異人はマレビトとして日本を来訪したのではなかったかと感じる。
それはまた西洋と東洋をまたにかけるトリックスターでもあるだろう。
マレビトは外部からやってきて豊穣や新たな智慧をもたらす。そして
トリックスターは時に突発的な笑い、時に残酷なやり方で、人々や社
会の持つ常識的で定番化されたものの見方をひっくり返す、文化的な
テロリストでもある。

そして、このようにしてここで共有されようとするこの「何か大切な
もの」に対する感覚がただダンスにだけ関わることではない、もっと
広い、もっと根本的な疑問につながっていることが明らかになるのが、
原発事故で廃墟になった街を訪れる部分だ。
ここに至って、それまでの極彩色は急激になりを潜め、原発事故跡周
辺のゴーストタウンに高い放射線とともに染み付いている鬱々とした
空気と殺伐とした光景(暗景と言った方が適切かもしれない)が画面
を支配していく。
確かに、こう言った映像を挿入することは政治的な範疇に足を踏み入
れることになりかねないし、それまでの美しく厳しい自然との、言っ
てみればかなり硬派で高尚な関係性をモラリスティックでセンチメン
タルな感情で台無しにしてしまいかねない。
しかし、ジャレ本人も言っていたが、彼らはこの場面をギリギリのバ
ランスを保つようにしながら、敢えて使ったのだ。
そして、このギャップと、敢えてバランスを失うことさえ辞さない
ところに身を置いた極めて舞踊的なバランスによって、民族学的多彩
さに彩られたこの舞踊遍歴にエコロジーとエティックの要素が不可分
のものとして付与されることになった。ここにおいて、西洋が直面し、
日本が身をもって体験しつつある西洋的理性、科学的技術思想の限界
とそれがもたらす災厄についての疑問や思索がこの孤独な鹿神によっ
てダンスと直結されることとなった。

希望としての舞踊
この作品の中の幾つかの箇所で宮崎駿作品との類似性が見て取れる。
特に後半、鹿神が頭部を失い断末魔のダンスを執拗に繰り返すあたり
は『もののけ姫』のシシガミを想起させる。ただ『もののけ姫』にし
ても『風の谷のナウシカ』の原作にしても、人間の営みの先に希望を
残して物語が終わるが、この作品ではそのような希望は薄められてい
るように見える。ただ、希望はなくはないのだがどこに向かうべきな
のか全くわからない、という風な行く先を見失った感じでもない。
この作品の終盤では人の姿が次々に消え去っていくのだが、何かが残っ
ているのを感じさせる。それは日本の神々やアジア的精霊の気配であ
るようにも感じるのだが、ぼくとしてはジャレ鹿神がこのうっすらと
残った希望を「ダンス」の中に見出したのだと考えたい。このダンス
に託された希望こそがこの遍歴の最後に残ったのではなかったのだろ
うか。これはとてもナイーブな考え方かもしれないが、近年になかっ
たほど農業や職人の技などに注目が集まっている現状を見れば、ナイー
ブ(素朴)さということが重要視され始めているということでもある
と思うのだ。
そういう意味では、この作品全編にわたってナイーブさが常に見え隠
れしている。そこが先に比較したマシュー・バーニーの洗練され尽く
した作品とは異なるところで、ジャレのこの作品は泥臭い。そして、
ダンスというのは元来泥臭いもので、混沌とさえしている。そのダン
スの混沌は、例えば、屋久島で撮影された映像に見える凶暴なほどに
曲がりくねった木々が持つ「破壊と慈悲の混沌」と今まだ繋がってい
けるのだろうか、という疑問からこの作品が始まり、そして、その希
望はまだあるはずだ、というのがダンサー、ダミアン・ジャレが確信
したことではなかったろうか。
つまり、この英雄譚の最後に鹿神はダンスに対するうっすらとした、
でも彼の中では確実に腑に落ちてくる希望を獲得したのだろう。

終わりに
最後にビル・モイヤーズが『神話の力』という本の中に書いた、共著
者であるジョセフ・キャンベルについてのエピソードを引用して、
日本好きなジャレのこの素晴らしい作品への賛辞としたい。

”ある国際的な宗教会議のために日本を訪れたキャンベルは、別のア
メリカ代表であるニューヨーク州出身の社会学者が神道の司祭にこう
言っているのを立ち聞きした───「私たちはたくさんの儀式に参加し
たし、あなた方の神殿もずいぶん見せていただいたが、そのイデオロ
ギーがどうもわからない。あなた方がどういう神学を持っておられる
のか、理解できないのです。」すると相手の日本人は、考えるふける
かのように長い間を置き、ゆっくりと首を左右に振ってからようやく
言った。「イデオロギーなどないと思います。私どもに神学はありま
せん。私たちは踊るのです。」”

ひだま こーし

ひだま こーし

岡山市出身。ブリュッセルに在住カレコレ24年。
ふと気がついたらやきもの屋になってたw

Reviewed by
カマウチヒデキ

正直僕はダンスというものについてほとんど詳しく知らない。せいぜい細江英公の写真を通じて知る土方巽とか(それも静止画だし)。
ただ、僕はダンスを知りもしないしもちろん踊れもしないが、昔一時期劇団に所属していころ、とにかく指の先端から各関節、体の重心の移動、受け渡しというものを全部意識の上に引っ張りあげながら、とにかくゆっくり動いてみろ、というエチュードを、劇団のトレーナーに指示されて身体訓練の一環としてやっていたことがあった。常日頃は無意識の領域に委ねている身体各部の動きを、全部意識の表層に引きあげてから動く、という特殊な訓練を、快い体験として記憶している。
そのままその劇団にいて、その「快」と持続的に向き合える時間をもっと持てたなら、もしかしたら僕もダンスか、あるいはある種の武道のようなものにも関わる可能性が、まぁ、数%くらいはあったかもしれないが・・・いやないか。わからない。わからないが、貧しいながらも少しは経験は持つために、ダンスする体、というものへの、かすかな共感と憧れは持っているのである。
残念ながら所属していた劇団は僕が入って数年で解散し、僕も舞台の活動から離れていったので、自分の身体機能と対話を重ねるような機会はなくなっていったのだけれど。

ひだまさんの今回の評論は、その映像を観ていない僕にはちゃんと理解できるものではないけれど、文面にちらばった、たとえば
「ポツンと放り出された所に立ち、今ある状況を把握しようとしながら、最初の一歩を踏み出そうとするその姿は、紛れもなくソロダンスを踊り始める直前のダンサーの構えなのだ。」
という文章だとか、
「ダンサーが一人で立っている姿というのは(その立ち姿がニュートラルであればあるほど)、人類の誰もがが根本的に持っている孤独感を否応なく象徴してしまう。」
とか、
「ダンスというのは踊ったそばから消えていく。つまり踊るたびに新たなものを創
出していかざるを得ないのがダンスである。本来のダンスは無常迅速の儚さそのものなのだ。」
という感触は、比べるのも不遜で申し訳ないながら、一応は写真機を媒介として未踏の光景へ一歩を出すことを意志している(つもりの)僕にも、親しく感じられるものである。
かたや身体感覚、かたや視覚と、異なる重心に軸足を置きつつ、言語化された意識から離れて立つあり方には近しさを覚える。

最後の一文を、「イデオロギーなどはない。私たちは見るのです」と置き換えてみて、成立するかどうかを考えている。
するような気もするし、とんでもない勘違いな気もする弱気を、ちょっと隠し切れない(笑

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る