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2F/当番ノート

西武ドームでキャッチボール

当番ノート 第32期

西武ドーム

将来の夢はプロ野球選手。
甲子園に出場して、ライオンズにドラフト1位で指名されて、
メジャーリーガーになる。

ありふれた、子供らしい夢を持っていた。
楽しいことと言えば、野球で活躍したときのことで
今でもスコアブックを見返すこともある。

少年野球の記憶はたくさんあるけれど、毎年4月頃に西武ドームでキャッチボールをしていたことをはっきり覚えている。
小学校に入学する前からチームに所属していた僕にとっては、当たり前の行事だった。
西武ドームは、ドームといえど屋根がついているだけで、風が吹けば通り抜け、
外との気温がほとんど変わらない球場だ。
まだ、春になり切っていない季節は寒さを十分に残している。

北多摩少年軟式野球大会は、春季大会の開会式を西武ドームで行う。
ちなみに、西武ライオンズの本拠地である西武ドームは命名権を売却しているため
「インボイスSEIBUドーム」、「グッドウィルドーム」、「西武プリンスドーム」と名前を変え
現在は「メットライフドーム」が正式名称である。

小学生でもなく、字を書くこともできない僕には、
当然、開会式の意味など分からない。
普段の学校のグラウンドとは明らかに違う
ただっぴろいところに連れてこられたと思うだけだった。
野球がなんとなく楽しいと思っていた僕にとっては、豚に真珠だったわけである。

この北多摩少年軟式野球大会の開会式が終わった後に
なんと前年度の優勝チームがグラウンドでシートノックをすることができる。
今はどうなっているのか知らないけれど、僕がいた頃には優勝チームの誰かがエラーをしようものなら
観客席で見学する他のチームがヤジを飛ばしていた。
みんな、西武ドームでノックをして、プロ野球選手の気持ちになってみたかったのだ。

ノックが終わった後は、全チームの選手がグラウンドでキャッチボールをすることができる。
広い球場にめいいっぱい選手が広がり、あちらこちらでキャッチボールをする。
だいたい、少年野球の塁間(20メートル強)くらいに離れて、
できるだけたくさん投げられるように素早く投げる。

僕が初めてキャッチボールをしたときは、その距離もノーバウンドで投げられなかった。
今、考えてみれば当たり前のことなのに、それが悔しくて恥ずかしかった。
与えられている持ち時間を過ぎると全力ダッシュで、バックスクリーンに向かう。
その日はバックスクリーンが出入り口になっていて、そこから退場する。

慣れない人口芝の上を走って転んでしまう子が多かった……

のではなく、みんな普段は立つことのない人工芝に寝そべりたがった。
少しでも長くこの場所にいたいからみんなで転んだ。
僕も、流されるままに転ぶ。それが開会式での作法だった。

毎年、毎年そんなことをやっていれば
西武ドームがどんな場所なのかも分かってくる。
プロ野球選手になって、観客いっぱいの球場で、めいいっぱい野球をやりたいと憧れた。

学年が上がり、身体も少しだけ大きくなってくると、塁間の距離でもノーバウンドで届くようになる。
今度は、少しでも速い球を投げようと、しっかりと踏み込んで投げてみたりする。
誰かが見ているわけではないのに、その場所に立つとなぜか緊張して、
いいボールを投げなきゃと思うような場所だった。
ただ場所が違うだけなのに、自分の身体も変わってしまうように緊張してしまう。
僕にとって西武ドームはそういう場所だった。

高校まで野球を続け、残念なことにドラフト会議にかすりもしなかった僕は大学で野球をやらなかった。
大学ではトライアスロンを始めることになるのだが、野球を観戦することは、むしろ子供の頃より好きになっていた。
西武ライオンズファンであり続け、劇的なサヨナラ勝ちをした本日(4月19日)にこの記事を書いている次第である。

僕が在籍していた明治大学野球部はプロ野球選手を何人も輩出している名門だが、
それ以外にもサークル活動として野球を楽しむ人もいた。
そこに所属する友人の話を聞いていると、
大学のサークル対抗の公式戦で西武ドームが使われていることに気が付いた。

あの、立つだけで緊張する西武ドームで試合することが許されていた。
小学生のときに、そんな大学生がいると知ったら、どれだけ尊敬したことだろう。
きっとこの人たちは信じられないくらいに野球がうまいのだろうと憧れたことだろう。

だけど、大学生の僕は西武ドームで野球ができることを羨ましいと思わなかった。
野球を辞めたからでもなく、身近に感じてしまったからでもないだろう。
それは、とっくにプロ野球選手になることなんて諦めていたからだ。
もう、西武ドームがいつか辿り着く憧れの場所ではなく、
大好きな野球を観戦する場所になってしまったからだ。
むしろ、今となったら日本シリーズで優勝をかけた試合の外野スタンドに立っていたいと思うくらいだ。

開会式の記念写真は今でも僕の部屋に飾ってある。
それを見て少しだけあの頃の気持ちを思い出した。

今、自分にとっての憧れの場所はあるだろうか。
足を踏み入れるだけで、ドキドキするような空間があるだろうか。
キャッチボールをするだけで、緊張する場所があるだろうか。

そして思い浮かんだあの場所、
そこにいつか行けることを信じて
あの頃みたいに頑張ってみよう

ムコーダ マコト

ムコーダ マコト

作家・トライアスロンライター
1994年5月生まれ
第5回阿久悠作詞賞佳作
第7回倉橋由美子文芸賞佳作
2016年8月世界ロングディスタンストライアスロン選手権出場
2017年3月野外演劇『常陸坊海尊』出演
小説を書いたり、トライアスロンをしたり、役者をしたり、
たくさんのことをしたい。

Reviewed by
浅井 真理子

幼い頃に持っていた憧れが消えても、その憧れがどれだけ胸を熱くしてくれるか私たちは知っている。懐かしむ以外にできることがあることも。昔抱いた憧れを思い出すことは、もしかしたら新しい一歩を踏み出させるきっかけになるのかもしれない。

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