余談:ひとつの短い物語を

第37期(2018年2月-3月)

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(お気に入りの画像です)

大学浪人生だったとき、私は小説を書き始めた。
完全なる自己満足だったけれど、書かずには居られなかった。

以来10年間、私は何かあるごとに文章を自分勝手に書いてる。
僭越ながら分類分けをするならば、エッセイであったり、ファンタジーであったり、私小説であったり。
特に、心が落ち着いていなかった時期は毎日のように書いていた。
現在のファイル数でいえば、ざっと数えて300ほど。
それは自分を慰めるためだったり、鼓舞するためであったり、傷付けるようなものだったり、色々だ。

共通点としては、いつもそれは一瞬の出来事を切り取って、登場人物の心情を書くものであるということだ。

ここまで四稿、出会い(四稿目は再会)について書いてきた。
まだ出会いの話がいくつかと再会も残しているが、このタイミングでひとつ、「物語」を置きたいと思った。

過去の文章を見返していて、阿部公房著の「箱男」を読んで感化された文章が見つかった。
日付は2012/05/07 00:01とあったものだ。

全くそのままを、以下転記する。
誰かに読ませる予定があったのかな。今では覚えていない。

ただこの文を読み返した時に、今までに書くことができていない「出会いの一面」がある気がしたのだ。
でも、今現在はそれが何なのかは、正確には分からない。
分からないんです。。

唯一分かることは、「別れ」という言葉をこの文にあてがっても、成立するだろうという事だけだ。

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『箱人』 2012/05/07 00:01

阿部公房の小説に「箱男」がある。
頭の先から腰下に至るまで、「箱」に覆われた「動くモノ」に遭遇したら、あなたはどう思うだろうか。
下記に登場する<私>は誰でもないし、同時に皆それぞれでもある。
色を付けるならば「白」ではなく「透明」だ。
なので、その像は任せたい。

<私>は、「箱人」に焦がれている。

静かでおとなしい夜、直近の上下左右前後に予定のない一人で、妄想が一通り終わるとき。
これが、本当の意味でモノ思いに耽る事ができる条件でありタイミングだ。
私は一人、机に向かっている。大きめのデスクトップパソコンと、積み上がった書類と、眼鏡があるだけだ。

近頃よく、箱に覆われた人を見るようになった。
時に曲がり角を沿った所で、時に車窓から、時に川の向こう岸に。

箱に入った人(<箱人>と呼ぼう)は立ち止まっていたり、俯いていたり、あざとい歩幅で歩いていたり、片足をピエロの如く喜劇的に上げていたり。
この疑問を声にしてもいいような、見方を変えれば笑っても許されるような、そんな光景も、なぜだか真剣な顔をして眺めてしまう。

見つけた瞬間は、はっとして驚く。
だが次の瞬間には、その不気味な存在に何故だかイライラして、自分も被って対抗してやろうかと思ってしまう。
そんな風に考えているうちに、箱人はすっかり消えてしまっている。
私は頭をかきむしって、またイライラする。
でも、少しだけ、いいな、うらやましいなとも思う。
あれは、一体何なのだろう。

私が出会う物語のほとんどには、不幸に見舞われている人が現れる。
何事にも犠牲は付き物だ、という諦念を現代に残したのはどなたか存じない。
しかし、どんな書物にも、つまり物語には、犠牲は付き物らしい。

経験上、全くその通りであった。

人は、よく語られる諦念であっても、自分を襲えば、声にして喚いてしまうものだ。
そう言い聞かせ、私も近頃、よく喚いている。
なぜなら、大切に想っていた人を無くし、大事にしていたモノを失い、忘れてはいけない想いを忘れてしまったからだ。
しかも、気付かない内に、だ。
私は、私の「大切」を失ってから、随分と寂しく辛い日々を送っている。
すれちがう人々はとてつもなく冷たく感じ、誰かから届くメールも文字でしかない。
決して付き物としての犠牲では片付けられない「大切」が、心を豊かにする貴重なものだったのだと気付いた時と同じくして、「箱人」は現れ始めたのだ。

故に、私は強く疑っているのである。
もしかしたら、「箱人」が、私の「大切」を奪ったのではないか。
いや、もしかすると、箱を剥いだら、その中に失ったものがあるのではないか。

その日は、そんな考えに行き着いて、ちょっと希望を持って、ベッドに潜り込んだ。
次で会ったら、箱を剥いでやる。

朝起きると、私は息を詰まらせた。
ベッドの真横に「箱人」が立っていた。

私は目を大きく開かせて、息が荒くなっていたことに自覚を覚える。
「箱人」の箱には穴が空いていなかった。
こっちを見ることが出来るはずもないのだが、寝ている私に対して少し屈んでいる様子を見ると、どうにも私を見ているとしか思えなかった。
叫びたくなるほど怖くなって、身体が動かなくなった。
目を必死で動かして箱を見ると、曖昧な暗い色のグラデーションになっていることが分かった。
素直に良い色だな、と感じるのにそこから1秒も必要なかった。

もはやこの状況を正しく捉える余裕は私にはなかった。
思考を止めて今にも叫ぼうとしたとき、「箱人」が動き出した。

一歩下がって、屈んだまま横向きにベッドと並列したかと思うと、さらに屈んで、もぞもぞと「箱」を取り外し始めたのだ。
私は釘づけになって見続けた。
そして、「箱」と「人」が別々になった。

私の考え、つまり箱人が私の大切なもの奪っていった、という考えは、完全に外れていた。
箱の中の「人」は、黒の全身タイツのような何かを纏っているだけであった。
そして箱が取れてすぐ、恥ずかしいといった具合につるつるとした真っ黒の顔を手で隠し、走って壁の中に消えていってしまった。

私の部屋に残ったのは、違和感が色濃く残った空気と「箱」だけであった。
私の失ったモノは返ってこなかった。

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何度読み返しても、私は何をキャッチしていいか正確には分からない文だ、と思う(確かに私が書いたものだけれども)。
しかし直感的に、私に大事なものを含んでいる気がするし、もしかしたら、誰かのために必要かもしれない、と大仰なことを考えてしまう。

箱人は、一体、何なのだろう。
夜中に頭をいくらひねっても、私には分からない。