出会いと出会い

第37期(2018年2月-3月)

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人との出会いには ‘色’ や ‘形’ がある、と思う。

その人がくれる色を、自分というキャンパスにどう落とすか。
または、もらった形をどう解釈するか、どう役立てるか。
それは、その人との関わり方や密度やインパクトによって変わってくるのだけれど。

本稿では、出会いが生んだ出会い、とも言うべきか、ある二人との出会いについて、書いていこうと思う。

——–

紆余曲折合って大学に入学した私は、その場所で何をすればよいか、盛大に悩んでいた。
やりたいことなら抱えても零れるほどあって、何に集中すべきか、という判断が中々できなかったのだ。

ある日、足を掛けていたサークルの上級生・山崎さんに「ご飯でもどうだ」と誘われ、結局居酒屋へ行った。
同じロールプレイングゲーム(FF5/6)のファンだった私たちは、大いにその話題で盛り上がっていた。

ふと、私の悩みを言葉にしてみた。

「やりたいことがたくさんある。でも、どれに絞ればよいかわからないし、絞ったところでドラマや漫画の
主人公にはなれない、という感覚がある。それほどの愛もないから悩んでしまっていると思うから。
そんな自分が何を選択すればよいのか、選択できる時点がこの上ない気もするし、考えすぎなのか。」

-山崎さんは事も無げにこう返してきた。

「いや、主人公だと思って近いものからやってみちゃえばいいじゃん。例えば、今なんか読んでる本とかゲームとある?」
「ありますね。何でもできる主人公がモテまくる恋愛シミュレーションゲームですけど。」
「よし。なら、今からお前は恋愛シミュレーションゲームの主人公だ。何でもできるようになって、モテまくろうぜ。」

・・・書いてみて気付いたのだが、会話だけ見ればバカ大学生のそれでしかないな。

しかし、だ。私は、このシーンをよく思い出す。

人のことばかり考えて、ああしたいこうしたいと口にもせず行動もせず、勝手に諦めたり悔しがったりするのは、
‘自分という人生の主人公’あるまじき行為ではないか、と考えさせられるのだ。

山崎さんとの出会い、そして主人公の話との出会いは、私にチューブから出したての【濃い橙色】を想起させる。

頂いた橙色は、その約5年後、場所は京都の歴史ある寺院で輝きを放った。

———

皆さんには、「自分にとってのパワースポット」があるだろうか。
私にとっては、住んでいる東京から大きく離れた京都にある「智積院の名勝庭園」になる。

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大学卒業後、新卒入社した企業を早期退職してしまった私は、また悩んでしまっていた。
全くもって、悩んでばかりの人生である。

ゆっくりと物事を考えたいときに私は、一人京都へ行き、智積院へと足を運ぶことにしている。

写真にある庭園は「千利休が愛した庭」と呼ばれており、中学生時代の修学旅行で訪れて以来、
私にとって、この上ないパワースポットとなってしまった場所だ。

縁側で静かに座し、心を落ち着けて庭園を眺めていると、視界と心にかかっていた靄がゆっくりを晴れていき、
シンプルに物事の判断が進むのだ。

夜に京都入りし一泊後、開園時間から智積院へと赴く。
名勝庭園を前にすると、これまでの積荷を下すように、質量がある息を吐いた。

静かに、音を立てないように座ると、時間も忘れて、ただただ庭を眺めた。

どれくらい経ったのか。
突如、後ろから声がかけられた。

「すみません。写真を取りたいので、少しの時間だけ退いてほしいのですが・・・」

振り返った私の眼には、同い年くらいか、少し上か、全体的に淡いブルーのスラっとしたワンピースには似合わない、
本格的なカメラを持った女性が映った。
庭園の池が反射した光の効果か、夏らしく投げ出された腕が、
これでもかというくらいに白く私をドキリとさせたのを覚えている。

ただ、なんというか、目を合わせてみると、異性という観点よりか、人として気にさせる何かを彼女は持っていた。
「申し訳ない」と一言告げて退くと、そのまま庭園を離れようとした。

しかし、このタイミングで、山崎さんの言葉が頭をよぎり考えた。

このような場面、私の人生、私が主人公と考えたらどうするか、と。

決心すると、まだ出会いとも呼べないこの瞬間をより良い形に変えるべく、離れるのではなく、
私は言われた通り少しの時間、縁側から退くに留めた。

写真を撮る彼女は、全くもってカメラ慣れしておらず、またこだわるわけでもなく、淡々と写真を撮っていた。
5分も経っていなかったが、彼女は満足に至ったようだった。
こちらに近づいてくると「ありがとうございました」とだけ告げてきた。

一言「景色を邪魔してすみませんでした、よく撮れましたか?」と言葉をかけると、そこからはトントン拍子に話が進み、
近くで一緒に蕎麦を食べることになった。
智積院の側には蕎麦屋さんがあり、何か食べるところを知らないか、と聞かれた私が教えた結果だった。

二人して蕎麦を啜った後のことを、よく覚えている。

彼女は堰を切ったように話し始めた。途中、店員さんに注意を受けるくらいには声量も伴っていた。
彼女自身のこと、家族の愚痴、友人との関係、カメラを始めたきっかけ、未来の自分のこと。
時折こちらにも話を振る態度から、何かスイッチが入ったわけではなく、
持っているコミュニケーションがこうなのだと解釈した。

しかし。
止む気配がなかった話が、カフェに店を移して30分ほど経ってから、ぱたりと止まった。
突然、本当に突然、話すのを辞めてしまったのだ。話の途中であったはずなのに。私自身、聴く覚悟はとっく済ませ、
目を見て聴いていたはずなのに。
そして一言、自身を振り返るような短い時間を経て「あの、ごめんなさい」と申し訳なさそうにいった。

そこからは、こう、会話の支えを失ったみたいに、ぎこちなくなってしまった。
互いのベクトルが向きも強度も異なっていて、飲んでいたコーヒーの味だけが確かなものであると認識してしまうような、
預ける場所がない時間が過ぎていった。

申し訳ない気分も積もり、ではそろそろ、と言おうとした時だった。
彼女がハッとして目を見開いたのだ。それは数瞬のことであった。

何か捉えようのない不安が襲ってきたので、正直に聞いてみることにした。

「いま、何を考えているんですか?」

彼女は幾時か、また考えていたが、その後はっきりと、

「一昨日別れた、彼氏のことです。」

と力強く言った。

そこから、また話が始まった。
彼氏が別れたそうにしてたから別れたこと、僕と話していて何度も「彼氏と違うなぁ」と思ってしまっていたこと、
僕から主人公の話を聞いて考え込んでしまったこと、自分が自分の主人公ならどうしただろうと、別れを悔いていること。

そう、私は山崎さんとの出会いで得た、主人公の話や濃い橙色を思い出しており、話をしたのだった。
思えば、彼女が話をぱたりとやめたのも、主人公の話をしてからすぐのことであった。
きっと、思うところがあって、それが彼女のほとんどを占めたのだろう。

二杯目のコーヒーがなくなって随分経ったとき、彼女は「本当にありがとうございました」と言って、笑顔で去っていった。

彼女はあの後、彼氏に連絡を取ったのだろうか。何かがうまくいったのだろうか。
結果はわからない。

———

山崎さんからもらった濃い橙色は、私のほんの少しの行動に影響を及ぼし、その影響は彼女にまで波及し、
彼女に何かを気付かせたのではないか、と思っている。
同時に私は、彼女から形をもらっていると捉えている。色として私が使うもの、というよりは、一つの形の提供であろう。
淡いブルーに真っ赤な不規則な線が入っているイメージのものだった。

私はまだ、その形の使い所を得ていない。
もしかしたら、すぐそこにあるのかもしれない。

そんな風に考えると、人の出会いというものは、本当に激しいやり取りに違いない。
だから、時々心底疲れてしまうし、一人にしてくれ、なんて願う瞬間が、自分に訪れているのかなと思う。

でも、やはり求めてしまうんだろうな。
私のキャンパスは、まだまだまだ完成していないと思うから。