轟き(とどろき)

第39期(2018年6月-7月)

「海」
寝苦しくて真夜中に目が覚めた
外を見ると高層ビルの光が揺れていた
そうじゃなくて 窓の外を見たらイカ釣り漁船が ぽつりと浮かんでいるのが良いよ
あの場所へと私を連れて行って
コンクリートジャングルの中でも私は瞼の中に映し出す 目を閉じると轟きが聴こえる




人がほとんどいない浜に絶えず白波が打ち寄せる。冬になると、まるで空と同化したかのように辺り一面灰色になる。
私にとって、長らく海とはそんなイメージだった。
1328001013280019(ギリシャ、地中海の島)

ハワイに行った時に驚いた。ビーチにはカラフルなパラソルが立ち並び、お土産物屋や軽食の店が立ち並ぶ。沢山の人、海沿いのきれいなホテル。そしてエメラルドグリーンの美しい海。船に乗って渡った地中海の島々では、明るい太陽に白い建物がまぶしく反射していた。そこにも真っ青な海があった。伊豆に行った時、夜の砂浜に寝転がり、暗闇の中で穏やかに打ち寄せる海の音を聞いた。

これまで色んな場所に行き、その先で色々な海を見た。
その度、無性に「あの海」に会いたくなった。




私が住んでいた家の裏には、防風林を挟んですぐ海がある。
国道から少し入ったところにゴミの集積場があり、工業に使われたような大きなゴミが圧縮されて積まれていた。そこを抜けると、砂浜にはすっかり干上がった海藻や外国の文字のペットボトルが打ち上げられ、夏の花火のゴミの残骸やタバコの吸い殻も落ちていた。
夏になると、地元の人たちはもう少し街の方にある浜に出かけてしまう。だからいつもここにほとんど人はいない。飼い犬の散歩に来た人、たそがれているおじさん、それから初老の夫婦がウォーキングをしているのをたまに見かけるくらいだ。

寂れ、誰からも忘れられたような海。
でも、それが私が繰り返し思い出す海だった。

*  *  *

あの場所ではいつでも静かに夜が明けていく。
真っ赤で大きな夕日が水平線に沈んでいくのを見つめていた。
熱い砂に足をもぐらせると中の方はしめっていて冷たかった。
たまに流木の小さなかけらが足に当たるのが分かった。
砂はとても細かくて、さらさらと足の指の間からこぼれ落ちていく。
たまらなくなって全速力で海に飛び込む。
冷たいのは一瞬で、身体はあっという間に海の温度と溶け合う。

船はほとんど通らない。水平線はとても遠くにある。
いつか観た「トゥルーマン・ショー」を思い出す。もしここが実際にその場所だったとしても、この海だったら主人公は渡りきれないだろうとぼんやり思う。

水の中にもぐるとあたりは暗くて、ほとんど先が見えない。
物音も聞こえなくなる。
水面に顔を出す。ふと遠くから大きな波がやって来る。
得も言われぬ恐怖を感じて、それを打ち消すようにその波めがけて飛び込む。
息を止めていても鼻の中に水が入ってくる。
そんなことを一通り繰り返し、疲れて渚に寝転んでじっとしていると、目の前をヤドカリが貝殻を背負ってどこかへ歩いて行った。

eyecatch(東京都多摩川沿い)
13350012(東京都渋谷区)
FH000035(アメリカ、サンフランシスコ)




昔、一度だけ真冬の海に行ったことがある。
年の暮れに母と妹とドライブをしていた。家に帰る途中だったのだが、母が突然「今から海を見に行ってみようか」と言い出した。私たちは「行こう行こう」と賛成した。海に着くと車を停めて外へ降りたが、そこは真冬の日本海だ。氷点下の寒さの中で海風はかなり強く吹き荒び、街灯もないので辺り一面墨をひっくり返したように真っ暗だった。遠くの方にかすかに白い明かりが見えた。耳の外からも内からも風の音が反響する。そして、絶えずごうごうと聞こえてくるのが海の音なのだった。まさに「轟き」という言葉がぴったりだった。
海がこんなに荒れ狂っているのは初めてだった。私たちは大声を出して叫んだ。自然が私たちに与えてくる力に今にも押しつぶされそうだった。

71730019(東京都京王線吉祥寺駅近く)

数年後、夏の寝苦しい夜、私はまどろみながらその時のことを思い出していた。私はすでに新潟を離れて東京に住んでいた。いつもどんなに遠くに目をこらしても建物が続くばかりで山も海も平野も見えなかった。視界の隅にそれらが映らないことが違和感で、時々どうしようもなく耐えがたくなった。その度、ぎゅっと身体の神経をこわばらせて適応しようとしてきた。でもその日だけは窓を開けても閉めても冷房をつけても消してもその違和感と息苦しさはどこまでもつきまとってきた。




あれは10歳頃だったと思う。知り合いが営んでいる海の家で、夕暮れ時にこじんまりとしたライブコンサートが開催された。コンサートが終わり、片付けの後に何人かで浜辺をぶらぶらしていると、そのうちの一人が「指輪がない」と言い出した。皆で浜辺を探し始めたものの、指輪は見つからない。あたりはどんどん暗くなってきていた。

そのうち、一人が木切れを見つけてきてそれに火をつけ、たいまつの様にして探し始めた。皆次々と同じ様に手に持った。

それでも指輪は見つからない。みんなでその燃え続ける木を持って浜辺で呆然としていると、なぜか不思議な高揚感が湧き上がってきた。

大人も子どもも大声で叫びながら、自分の背丈もあるような木を思う存分投げ回した。砂浜を靴が脱げるのもかまわずに走りまわってもまだ砂浜はどこまでも続いていた。
真っ赤に燃える火は、いのちを持ったかのように暗闇を舞う。時折火の粉がほとばしる。私たちはその光景に、一瞬これまでの全てを忘れて恍惚となった。

14160028(祖父宅)

どんなに人生に期待をかけていなくたって、そんな瞬間は突然に訪れる。次のその一瞬のためにまた生きていける。




大学が長い休みに入り、帰省した折に海へ行ってみることにした。
新潟は1年の半分近くの日に雨が降る。その日も空はいつものように暗い灰色をしていた。今にも雨が降りそうだった。
しばらく歩くと海に出る道に着いた。コンクリートの舗装が途切れ、砂浜へと変わっていく。私はスニーカーに砂が入って来るのもかまわずに歩いた。
ああ、この先に海がある。

この海の轟きが、今でも胸の奥で聞こえる。

FH000011

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moku
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