その街とわたし【大阪・中崎町】

第41期(2018年10月-11月)

わたしが現在住んでいる家は、梅田からも徒歩圏内なのだが、他にも3つの駅に歩いていける立地にある。
大阪のまちはコンパクトで動きやすい。京都もコンパクトだと言われるが、市内の電車移動の利便性で言うと、大阪に分があるように思う。
1km四方にメトロの駅が4つほどあるので、例えば人と会って解散するとき、「わたしはあっち、あなたは?」という会話が自然に発生する。それぞれが、自分のいちばん便利な路線まで少し歩いて帰ることができるようなまちの設計になっているのだ
(ちなみに、大阪市営地下鉄は今年の4月1日に「大阪メトロ」に改称されたのだが、わたしの知る限り、大阪の人はこの改称に無関心かいささか冷笑的な反応かのどちらかで、半年経った今でも地下鉄のことを「メトロ」とよぶ人にはお目に掛かったことがない。邪推だが、横文字でアーバンな雰囲気のある「メトロ」という言葉に、気恥ずかしさと反発心の入り混じったものを感じているようにも見えて、このあたりも、何と言うか大阪らしさだなぁと感じる)。

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家からの最寄りの駅は中崎町といって、濃い紫色で表される「谷町線」という路線の沿線にある。
大阪の地下鉄を表す色は、東京のそれよりも情感があってわたしは好きだ。都市の大動脈となる電車の臙脂色、沿線にある花博の会場をイメージした萌黄色。路線を示す色の全てにストーリーがあり、伝統色の名前が採用されている。
中学生の頃だったか、『色の名前』という色彩図鑑を夢中で読んだ。自然界にある色を示す名前や染料の色名は、どこか文学的でぐっとくるものがある。色あいも複雑で深みのあるものが多く、おしゃれに見える。

大阪に越してきてすぐ、地下鉄路線図を彩る色がそれぞれ独特であることに気付いた。これはきっと、色が好きで、こだわりを持っている人のものだ。そうして各路線の色の由来を知り、ますます大阪が好きになった。
谷町線の色も、高僧の袈裟に由来する京紫の色である。谷町線は、守口市の大日を起点とし、大阪市の中でも目立った寺院の密集地帯である谷町九丁目から天王寺の一帯を通り、八尾南に流れる。

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中崎町というまちは、第2次世界大戦にともなう大阪大空襲の戦災を奇跡的に免れていて、長屋や古民家といった古い建物が残っている。戦前の空気を残す街並みである一方で、路地を数本入れば梅田に出られる。繁華街の空気や高層ビル群を間近に感じながら、狭い路地や古い家屋の縁側を猫が悠々と歩くのを日常的に見るような、不思議なまちなのだ。
街並みののどかさは、東京で言えば、谷中や北千住に少し似ているだろうか。コンパクトな物件はそれぞれリノベーションされ、カフェやギャラリーになったりもしていて、まち全体に、自由で解放的な雰囲気がある。

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中崎町エリアのちょうどまんなかに、象徴的な店がある。「Salon de AManTO天人(サロン・ド・アマント)」といって、このエリアにおける、2001年からのリノベーションブームの先駆けとなったカフェだ。このカフェの仕掛け人でパフォーマーでもあるJunさんは「空家再生パフォーマンス」と称してリノベーションの過程を公開し、さまざまな人を巻き込みながら、DlYでAManTOの内装を仕上げていった。参加したボランティアは延べ1000人を超えるという。ハンドメイドの趣ある店内は、ユニークでありつつも居心地がいい。ゆったりとした空間で、手作りの定食をいただく。

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古着屋やキュートな雑貨屋、ヘアサロンなどが立ち並ぶなかにも、普通の民家が混在しているのが中崎町の居心地のよさを作っているように思う。大阪では他にも、中央区にある空堀商店街の路地裏などに似た雰囲気があるが(ちなみに、空堀もやはり戦災を免れ古い建物が残っているエリアである)、東京で言えば下北沢によく似ている。前回の記事で梅田のまちは渋谷に似ていると書いたが、梅田と中崎町の関係は、渋谷から急行で1駅かかる下北沢がすぐおとなりにあるような、そんな印象を受ける。

今よりもう20年近く前だが、高校時代にはよく下北沢のまちを歩いた。飲食店やアンティークショップ、古着屋などと同じ区画に、やはり民家が存在する。ヒトの生活感と、おしゃれできらきらした世界、物珍しくて文化的な世界の境界が溶けていて、その感じに魅了された。人の多さは中崎町よりも圧倒的に下北沢のほうが多いが、若い人が集うまちなのも共通点と言えるだろう。沿線を通って通学していたのと、近くに住む友人が何人かいたことで、よく遊びに行った。個人商店も多く、百貨店などでショッピングをするよりも、自分に合うもの、心からぐっとくるものをじっくり探せるような楽しさがあった。そういうまちに、若い人が集まるのは分かるような気がする。

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自由でクリエイティブなムードを持つ中崎町には、ギャラリーも多い。カフェに併設されているものもあれば、展示の案内がひょこっと道端に出ていて、驚きを与えてくれるようなところもある。
昨年2017年の8月に、浪速区の日本橋から中崎町へと移転した「SUNABAギャラリー」を経営する樋口ヒロユキさんは、「やはり場所がいいので、やりやすくなりました」と笑顔を見せる。樋口さんは雑誌「TH」に連載を持ち、これまでにも美術評論家として「美術手帖」や「AERA」などの媒体で、現代美術からサブカルチャーまでを幅広く取り上げてきた。
SUNABAギャラリーの展示作品には、ゴシックなトーンのものや、色彩が派手なものなど、やや毒気のある作品も多い。が、表通りに面した立地の、清潔で簡素なつくりの建物のなかでそれらを鑑賞するためか、日常の延長の気分で作品に触れることができる。
「グループ展でも、名前のある大学で教えているような作家と、正規の美術教育を受けずに独学でやっていて面白い作品を作る作家を、一緒に展示するのが好きなんです。どうしてもヘンな人を入れたくなっちゃう(笑)」
そう語る樋口さんもやはり、一種の「境界」を溶かしてゆく人であるように感じた。

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古いものと新しいもの、都市と生活、独学と専門性。この世界に存在するさまざまな区分や垣根が少し低くなって溶けているまち、中崎町にはそんな魅力があるように思うのだ。