芸術と無(4)

第43期

10 愛、哄笑、落下傘

希望について語るとき、私たちは一つの宿命を受け入れる必要がある。ロマンと消費の相性の良さは私たちが人類であることに関係している。いまや、あらゆる運動は商品でしかなくなった。愛は消え失せ、広告だけが残った。20世紀が情報化と資本主義という革命によって無数の人々を生贄にしたことは既に述べたが、この話はもっと具体的に語られる必要がある。すなわち、この未曾有の革命の中で散った愛とは何だったのかについて、私たちは今一度、検討する必要がある。
野蛮かつ繊細な人類は歴史上、多くのものを生贄に捧げてきた。太古の昔は富であり犠牲であり象徴であった羊頭を祭壇に載せた。では20世紀において我々が祭壇に載せたものとは一体なんだっただろうか。一つの手がかりとして、多くの嘲笑に晒されたものこそ、祭壇に載せられたと考えるべきだろう。一つは歴史であり、一つは才能である。そして歴史は民族と結びつき、私たちが希望を求めれば求めるほど、過激になっていった。私たちが希望を持とうとするとき、その集合的無意識の中で、常に派手な打ち上げ花火が炸裂した。20世紀を一つの区切りとして見たとき、私たちの打ち上げ花火はまさに、歴史ー民族ー戦争の閃光であった。人類は地上で多くのものにエネルギーを利用してきたが、歴史ー民族ー戦争の閃光に、これほどまでにエネルギーを割いた世紀はないだろう。更に言えば、今でも我々の中には、20世紀の閃光をまぶしく懐かしく思う人たちがいる。あるいは、哄笑とともに、それがさも愚かさのように振る舞う向きがある。しかし、愚かさは常に、ある鋭利な思考と表裏なのであって、鋭利な思考は必ずや過激さを求める。ゆえに今でも私たちの地上では日々、閃光の落ちない日はない。
そのような愚かさに反対するために、賢い才能として、傘を作ろうという運動があった。それは生活者によって行われ、生活者の権利を擁護し、生活者の生活を保証するために戦うという、革命的手段だった。賢い才能の発明こそ家族である。ここに才能ー個性ー家族という基軸が生まれた。私たちが一人一人の才能を、個性を、家族を大切にするとき、私たちの中には常にそれを守るための発明があった。私たちは家族を単一の単位とみなすために、ほとんど戦争と同じくらいのエネルギーを消費した。電球が生まれ、家屋が生まれ、通信のための技術は団欒のための工夫へと摩り替えられた。今日、おおよそ私たちの生活を支える技術の大半は戦争からのスピンオフ、意図的な技術の生活化によって成し遂げられたものだ。言うまでもなく20世紀の人類にとっていちばんの関心事は完璧な戦争と完璧な家族であった。そして、それらは情報化と資本主義という革命によって、見事に完成した。ただ一つ、愛を除いた形で。
いまや戦争も家族も何かに対する愛憎によって営まれるものではなくなった。20世紀よりも前、人々は愛によって戦争と家族を運営していた。しかし哄笑の果てに、あるいは落下傘のように家族の中に着地するために、技術は姿を変え、愛だけを抜きにして形式を完成させた。一度、形式の輪郭が見えれば、その輪郭に対して訪れるのは20世紀における革命の申し子、広告である。広告こそ情報化と資本主義の覇者であった。そうして、過激な戦争とおいしい生活が私たちの愛を消費に変えた。今や誰しもが自由に愛することさえできない。消費することなしには。
私たちは人類であるがゆえに集団であることを強制されている。それはまず広大な宇宙の中で地球という惑星にしか住めないこと、地表という表面の中で大地にしか住めないこと、大地という世界の中で社会にしか住めないこと、社会という関係の中で家族にしかなれないこと。そのようにして我々が集団であることに対する強制は限りなく多くの装置によって保証されている。戦争は本来、その装置すべてを破壊するために生まれた。あるいは家族は、その装置すべてから愛を守るために発明された。しかし革命は、我々が最後に頼れるのは、他者ではなく、ちっぽけな軒先であり、退屈しない部屋であり、購入した食物であることを明らかにしてしまった。20世紀は個人の才能さえあれば、愛などいらないのだと、人類に錯覚させた。
マルクスが資本論を描いたとき、まさにかれは唯物論として資本論を描いた。しかし、いうまでもなく、資本論が完成した先に彼が擁護したかったことは、資本論には書かれてない。哄笑を承知でいうならば、それは愛であった可能性が高いだろう。

11 痛みの核

あらゆる運動が商品となったことについて、いまほど明らかな時節はないだろう。私たちは知らなかった。搾取の痛みを知らなければ搾取について書くことはできない。であるが故に、私たちの世界は搾取の痛みを知るものと知らぬものの間で分断されてしまう。搾取はニコニコした顔で近づいてきて私たちを思うがままに操り、いつの間にか勝手に素材とし、何事もなかったかのように立ち去っていく。そうして私たちは残された傷と、残された経験に基づいて、それが一体なんだったのかを回想する。その核が何だったのかの輪郭を解明しようとする。そうして私たちは、ようやく自分が痛みを感じていたことに気づく。
しかし情報化と資本主義は輪郭それ自体を運動の基礎とする。すなわち目的を決め、狙った行動を要求し、それによって得られた価値を回収する、それが商品化という運動である。この「メタ運動」とも言える資本運動こそ、私たちから痛みの核を奪いつつある。私たちは人に愛されたり傷つけられたりする。それらは痛みを伴う運動である。しかしその運動と別の運動である資本運動が、私たちが痛みを伴っていたはずの輪郭とまったく同じ形で追従する。この追従は私たちの意識、無意識をいとわずに行われる。すなわち戦争が消費を煽り、家族が消費を煽ることによって、人類の営みの大半は消費を煽ることにのみ焦点化していく。その一つの達成が核戦争と核家族である。私たちが戦争によって本来、得るはずだった痛み、家族によって本来、得るはずだった痛みは、まさにその痛みの核と同じ形をした別の何か、すなわち資本運動によって摩り替えられる。この摩り替えは、あまりにもスムーズに行われるため、私たちは今や、痛みを感じることすらできない。ただ痛みを待つだけの消費者として、痛みと経験を消費する。核戦争と核家族が情報化と資本主義によって達成された後、私たちの存在は、ほとんど無に帰す。

12 より丁寧な言葉で語りたいとき

より丁寧な言葉で語りたいとき、私たちは真っ先に思い出さなければならないことがある。それは愛だ。愛する人を思い浮かべながら書くことだ。しかし、一方で、私たちの存在が、ほとんど無に帰しているとき、私たちに誰かを愛することは難しい。野蛮かつ繊細な人類は、いまや戦争と家族を羊頭に掲げ、何かを愛することも憎むことも忘却した。いま起こっていることは「より丁寧な言葉で語りたい」という欲望の表出である。つまり語るに落ちることだけが、承認や価値を生む商品として流通する。より丁寧な言葉で語ることは幻想に過ぎない。野蛮な言葉、繊細な言葉、あらゆる主張は、主張すること自体が流通するための商品化であることを免れない。運動の商品化と主張の商品化、そして「より丁寧な言葉で語る」商品化とは同じ意味である。私たちは既に商品化することを痛みの核にすることしかできなくなった。その状況において無に帰さない言葉とは一体なんだろうか。