2019年9月某日。ふたりのことは、ふたりにしかわからない

第46期

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深夜0時が過ぎようとしていた。私は眠気で目の玉がひっくり返りそうになりながら、都内の居酒屋で彼女の話を聞き続けていた。トピックは、「パートナーについて」だ。

「こんなこともあって……」
「うんうん……」

この類の話は、(酒が入ると余計に)終わりがみえない。それでもこういうとき、私にできることはただひとつ「聞く」だけなのだ。

私にもパートナーがいる。出会ってから10年、結婚してからは8年目。子どもができてふたりの時間も会話も減り、すれ違い続けた末に、血が飛ぶほどの殴り合いの喧嘩が続いた時期がある。「こんなにめんどうくさいなら、結婚をやめてしまった方が楽なんじゃないの」とすら思う毎日の中で、なんとか向き合い続けた。

時にカウンセリングなんかでプロに頼りつつ、数年かけて、ようやく少しだけ夫の心を大切にできるようになってきた気がする(未だに「夫自身のこと」はよくわからない部分も多いけれど)。傷つけ合ってようやく、本当の意味での“家族”に近づいた部分も否めなくて、(あんなに殴り合わなくても良かった気がするけど、)まあ、結果オーライだったように思う。

それくらい「ふたりにしかわからないこと」も、「ふたりだってわからないこと」もたくさんあった。そうだ。ふたりのことは、ふたりにしかわからないのだ。

だからこそ……

「そういえば! あんなこともあって」

彼女の話は続いていた。

そう。だからこそ、彼女にかける言葉ひとつ慎重に選ぼうとするも見つからなくって、「ああ、たいへんだねえ、」と気の抜けた反応しかできない。どうしたものかね、なんて言っているとき、彼女のスマホ画面が光った。パートナーからの連絡だ。長いLINEメッセージが彼女を納得させたらしく、やっと彼女は「聞いてくれて、ありがとう!」と締めモードに入った。心の中で「おい!」と軽くつっこむ。でも、まあ、よかった。うん。

そういえば、あるときから私は「人の相談に応える」ことを極力避けている。だれかが本気で苦しいときに、私が「何かをしてあげられる」と思ってしまうおこがましさや、よかれと思っても結局は自分の意見を押し付けてしまっているようなアドバイス。知らない間に、相手を自分の経験や想像の枠にはめてしまう恐ろしさよ。

とはいえ、友人が苦しんでいるとき、「相談したい」と思う心はどうしたら大切できるかなあ。

翌日、また答えがでなそうなことをぼんやり考えていると、娘が私に近づいてきて「ママ大好き! でもお父さんはママのこと普通って言っていたよ」と言われた。爆笑してしまったけれど、私も夫のことを好きかと聞かれたら「普通」と答えると思う。でも、世界で一番仲がいいと思っている。

まったく、人ってよくわからないよなぁ。