私のかけがえのない旅へ 川へ 水へ 山へ 星へ 光へ 

第47期

日ノ瀬清流こうえん
天にまで届くような鳥の鳴き声、湿気で白く光っている空中の水滴、河原いっぱいに飛ぶ綿毛みたいなカゲロウの羽ばたき、文旦の花の砂糖みたいな香りも。写真で撮れない事が、たくさんある。

目の前いっぱいに広がるようにみえるのに、カメラから覗くと小さくみえてしまうことがある。明るく見えるようでもレンズ越しに見ると光が足りなくてうまく映らないこともある。写真の中にとどめてしまうのをためらう事もある。
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でも、どうしても美しさを捉えてみたくて撮ってしまう。3年前に一眼レフを買った動機は微妙なものだった。カメラを下げていたほうが一人で山奥の渓谷を旅するのには申し訳が立つ気がして、梅田のヨドバシカメラにカメラを探しに行った。川や景色が撮りやすい初心者モデルのカメラとレンズを組み合わせてもらった。

誠が亡くなって、たくさんの時間ができて戸惑った。
じっとしていることができなくて、飢えたように美しい景色が見たいと思いたくさん旅をした。知らなかった世界と自分に驚きながら、今も旅の途中だなと思う。

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桃源郷という言葉そのままに、山いっぱいに花桃やレンギョウ、椿が咲き誇る世界に出会った。
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子どものころに遊んだ川は、藻がぬるぬるしてゴミがたくさんあっていつも悲しい気持ちになっていた。もう地球の水は汚れてしまっているから、透明な川はもう無いのだと本気で思っていた。
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誠が亡くなった次の年に、いろいろ理由をつけて行ったモントリオールでは暑くて寂しくて、たくさんの事が恋しくなってずっと泣いていた。自分がホームシックになるなんて思ってもみなかった。抗えないほどの寂しさが心にあるのを知った。

昨年の春から1年と少しを暮らした高知の仁淀川。
夏の日、ジーパンのままで沈下橋の下の透明な流れに足をつっこんで寛いでいた。ふっと、「もっといろんなところにいきたかった」と思った。誠の車いすで行けない場所に別に行きたいと思ったことはない、と思っていた。でも、いろんなところに行ってみたい気持ちが私のなかで息をひそめていた。20180805_102818000_iOS
仕事が終わると日暮れまで川辺で過ごしたり、夜は親友がくれたハンモックに寝転んだり、焚火をしたりした。木々や空、青い水や、天の川、月をみてうっとりとする気持ちと一緒に、何か苦しい気持ちがある事も感じた。ある日堰を切ったように涙があふれて、ゆっくりゆっくり誠が本当にいなくなってしまった悲しみに逢った。
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逃げ込んでいった美しい景色が、私の気持ちを助け出してくれた。
写真を私が撮っていて、色や光を調節するけれどいつも写真が気持ちを映し出してしまうと思う。

最近また近くの里山に行った。透明な川や草木が溢れる野をみると気持ちが高揚するけれど、なぜだかはわからない。
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申し訳は立たなくとも、美しい自然が連れて行ってくれる私の旅を大切にしたいなと思うようになってきた。死ぬことも失うことも怖い。でも、美しいものも見たリ感じたりしてみたい。
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想像も言葉もこえるような、とらえきれないほどの美しい世界がたくさんある。世界は、思っていたよりもずっとずっと美しいなぁとおもう。もっともっともっと、いろんな美しい景色を感じてみたいと思う。