9.孤独へ お母さんへ 私へ

第47期

アパートメントにきてまだ2ヵ月なのに。
1人だけれど、そっと誰かがいてくれるようなこの場所が大好きになった。心地よくて、何でもできて、ここは少し天国に近いのかもしれないとまで思う。寒くなってきたので電気ヒーターで足元を温めている。赤いケトルでお湯を沸かす。いつも飲みすぎるコーヒーはお休みにして、私は砂糖多めのココアを飲もうと思う。

昨日の晩のこと。お風呂から上がって体を拭きながら、ふと、鏡に映ったおへそを見た。まじまじと見てしまった。
この結び目でずっとずっとマトリョーシカみたいに一番最初、宇宙の始まりから命がつながっているんだとおもった。
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私が幼稚園のころ、一番初めに宇宙を知った日の事を思い出した。お父さんが買ってくれた、重たい博物図鑑。真っ黒い宇宙のページを開いて、宇宙は無限なんだよと教わる。目に見えるだけの小さな世界が突然、ぽんと爆発するようにあっけなく、無限になった。真っ暗で広い宇宙をずーーーーーーーっとむこうにいっても宇宙の果てがない。もしその果てがあったとしても、宇宙が一体どこに浮かんでいるのか永遠にわからない。私が今たしかに生きているこの場所は、ほんとうはどこなのかすら、わからないんだということ。
時間についても考えた。私の命が終わる日が絶対に来る。お父さんお母さんともお別れする日が来て、妹は私が死んだ後も、私が居なくなった時間を生きるのかもしれない。
私はそのことに気づいてから時々、夜眠る前にそのことを思い描いては、世界の底が抜けるような気持ちにおそわれた。いつも一緒に居た熊のぬいぐるみを抱いて布団にくるまって泣いたりしていた。

私を産んだばかりの時の事を母が笑いながら話しする。
「初めての子やし、朋子がなんで泣きよんかわからんかって、母さんもめそめそ一緒に泣きよった」
1人ではなくても、宇宙に一人ぼっちになったような心細さになる事がある。きっと、忘れ去られていくようなたくさんの小さな孤独。私が怖がりなのは、生まれ持ったものも多いけれど、お母さんの心細さから来ているものもあるのかもしれない。

誠が亡くなって、1人になって感じた孤独。誠が生きていないという悲しみの傍に、何かがあるような気がした。そうしてゆっくりと悲しみを見つめたとき、どこか初めてではない感情がいた。それは、誠と二人きりの休日の夕方にも感じた心細さととても似ていた。私の中にいつもある孤独。もう、へその緒が離れ離れになった時に始まったことなのかもしれない。悲しみの最後に姿をあらわす孤独は恐ろしいものではないのかもしれない、お母さんが私と一緒に泣いてくれたように。

私も、お母さんのたくさんの孤独や、私の孤独の横に、そっと居たい。
そして一人ぼっちではないよ、と伝えたいと思う、
素直ではないなりの言葉で。
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私の部屋の壁には、たっぷりの愛おしい写真や絵が増えた。
安全なこの部屋の、少し背伸びする場所にある窓からこれまでの私を覗いてみた。おそるおそるドアから外に出かけて、いろんな時間にも旅をした。そっと覗いてみた景色にはいろんな感情の私がいたけれども、光も匂いも手触りも鮮やかで、美しいものだった。また時々ここを訪れて、お茶をしたり旅をしたりしようと思う。

生きよう、と思った。

小さい頃の私にはコーヒー牛乳。お母さんにはレモンティー、誠にはクリームソーダ、おばちゃんにはアメリカンを。そして、ここにいる間も、いつも、私を支えてくれる親友たちと妹たちには、お好きな飲み物とチョコレートケーキでお礼をしたい。私の気持ちと言葉を助けてくれてほんとうにありがとう。

私たちの前にいつも、たくさんの美しい景色がありますように。