個展前夜の気分について

長期滞在者

cover例年のことながら春先は、学生や学校を卒業したてのフレッシュな作家さんたちが意欲的な展示を見せる時期です。
現役の学生がぼくたちのような会場を自分で確保して新しいステップを踏み出す、とても素晴らしいです。ぼくが大学生の頃では考えられないことです。だいたい20年以上前、東京にも大阪にも若い人たちが自由に作品発表が出来る場は殆どありませんでした。
ギャラリーは今よりもっと閉ざされた存在であったし、そもそもこれから世の中に出てくる様な人たちに向かって門は開かれていませんでした。

大阪にいた頃、もっぱら発表の場はいくつかの例外を除いて、例えば電力会社や食品メーカーのショールームか多目的ルームみたいなところとか、若者の表現という訳の分からないモノに理解を示してくれる喫茶店やスナックとか、そういう場所が主体で、ぼくのひとつ下の後輩は動物園の中で展覧会をしていました。演劇のチラシが貼りまくられているから大丈夫だろうと考え、夜中にある私鉄の高架の橋桁に大全紙のプリントをガムテープで貼って帰って来たこともあります。
とにかくエネルギーが有り余って仕方がないような時期だったから、大学の校舎の中にも夜中に忍び込んで10数名の仲間たちと一緒に自分たちの写真を貼りまくったりもしました。そのとき「写真は他人の眼に触れさせて初めて用を為す」と書きなぐったポスターも添えました。大学のそれは、すぐに首謀者がぼくであるとバレて、即座に撤去とはがれた塗装の補修を命じられました。この一件がきっかけになったかどうかは分からないが、半年程して校舎の踊り場などに数カ所の展示スペースが設けられました。あの頃の出来事は、写真の扱われかたが、小さなポジや六切りのプリント(これらは、原稿を連想させる)ではなく、展示作品そのもので世の中に向かっていこう、という小さな始まりではなかったかと思います。

そんな状況だったからこそ、どんな場所での展覧会であっても、設営を終えて初日を迎える前の夜はいつも気分が高揚していました。初日が開いたあとの新しい出会いに期待していたものです。

ルーニィでも個展初日の若い作家さんの顔つきは準備や打ち合わせの時と全然違い、とても輝いて見えます。わずか一週間の会期に色々な期待をしているんだと思います。それは昔も今も変わりません。それが2度目、3度目となると、だんだん自分の身の程を知るというか、中には輝いていた表情に曇りが感じられる様になり、更には、最近あの人はどうした?みたいな感じになる。

ぼくが初めて展覧会を開いたとき、一日の来場者数がゼロだった経験を持っています。場所は東京・有楽町。今のビッグカメラの真向かいにある財閥系商社の本社ビルの1階です。朝10時から夕方6時まで、会場の前を数えきれない人数の人びとが素通りしていきました。その無力感は相当なものです。少ないとは思っていたけれど、実際にゼロを経験すると、気持ちはもの凄く落ち込みます。
その会期の終わりごろ、Mと名乗る40歳くらいの男性が会場で熱心に写真を眺め、「面白いと思うから、今度いい人紹介するよ、と声をかけてくれました。Mさんは最終日にもう一度現れ、「もうTさんに電話しといたから、展覧会が終わったらすぐに行きなさい」とのこと。インディペントフォトグラフィーの聖地、四谷三丁目にぼくが初めて足を運んだのはこの二日後のことでした。ひとつの出会いがいくつもの出会いを繋いでくれる。それによってぼくは次に進む元気を頂いたような気がしています。

初めて写真展を開いた時のドキドキする感じ、ぼくは今でも覚えています。若い人の展覧会をお手伝いするとき、自分が感じたあの頃の気持ちと同じ境地にいるんだと思いながら仕事をします。それで、自分が彼らの背中を押せるような存在になれればいいんですけど、果たしてそうであるかどうか。もうひとつは、最近展覧会をこなすうちに、すっかりその辺のドキドキ感を失っている。そつなく上手いんだけど、心に響かない、会場に行ったことは覚えているが、作品が思い出せない様な展覧会にしばしば出会います。初めての人も慣れてしまった人にも、何かお役に立てることをこれからも考えていきたいです。

あれから20年、そのMさんには、それ以来一度もお目にかかったことが無く、他のパーティでもお見かけしたこともありません。いまどうしているのでしょうか。時々思い出します。