満月の夜

長期滞在者

今日、ぼくの中の止まってしまっていた時計の針が静かに、だけど確実に動き出した。
五年前のあの日、針が動きを止めたあの場所で。

ひさしぶりに行ったあの場所は、これから起こることへの期待とあたたかで楽しげな笑顔に溢れていた。

その瞬間はセンセーショナルに、ある意味予定調和的に始まった。
五年前と何も変わらない、でも五年間確かにいろいろな道を踏みしめてきた彼らがそこに立っていた。

懐かしいあの音、あの笑顔。
いろんなことがあった五年を生き抜いて、ぼくは彼らと再び対面した。

無数の光が彼らを、そして僕たちを照らす。
その光景の中、無数の光をあびながら彼は糸を手繰り寄せる。
月からのびた雨露のしたたる糸を。
そういえば今日は満月だ。
糸は光り輝いて少しずつ彼の手に手繰り寄せられた。
しなやかな手つきで。
反対側の手にはマイクのコードを絡みつかせて。

かわるがわる七色に輝くあの場所でぼくは家族と再会した。
同じ時を別々に生きた家族たちと。
失われたときを埋めるように体と体をぶつけて楽しさとあたたかさを共有する。

あの場所で同じ時間を過ごした人たちの顔はみんなキラキラ輝いていた。
無数の光に照らされて。
まるで無数の満月のようだった。
ぼくも終始口元は緩みっぱなしだった。しばらく味わっていなかった感覚。
理性は例え逆を向いてたって自然と笑顔がこぼれ出る。心の底から笑っていられる。
そんなものを感じさせてくれるものなんて今から見つけようと思ったってなかなか難しい。

歩みを少し止めたって、変わらないものはある。
虚ろい変わっていってしまうものがほとんどだろうけど、虚ろわないものが確かに存在するということをおしえてくれる。
大切なことばかり抱えきれないくらいにそこには詰まっていた。

ぼくらはやるせない毎日を生きている。ぼくらには生きる自由も死ぬ自由もない。
だけど、そんな日々をどういう風に感じて生きるか、それはきっと自由だ。
世間一般的に見れば、ぼくなんて別に年相応の幸せを掴んでいないように見えるかもしれないし、
逆にこの上なく幸せにうつるかもしれない。
実際落ち込むことなんて毎日のことだし、
自分なんて世間の誰からも必要とされてないんじゃないかなんて思ったりする
弱い人間だ。

それでも生きることは底抜けに楽しいことだ。だってこんな風に繋がれていることを感じさせてくれるんだもん。

今ぼくは夢中で写真を撮っている。
イラストだって少しずつ描き始めている。
誰もが美しいと思えるものじゃないかもしれないけれど、ぼくにしか紡げない糸を紡いでいる。
どれくらい長い糸にできるかはわからない。
けれど、いつかあの月にまで届いて、あの場所で、あのしなやかな腕に巻き取られたら最高だ。
ぼくはそんな日がくるまで、ダサくがむしゃらに生きることにする。
する、というかそんな風にしか生きられないし、それでいいと思ってる。
それがぼくのPositive Mental Attitude。

準備いいっSKAっ!!