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3F/長期滞在者&more

美味しいものを知っているひと

長期滞在者

アクリュ1080
ふらりと立ち寄ったその辺の小さな食堂で、料理の味も良く、なおかつ気持ち良く食事ができたときは、今日一日がとても素晴らしかったように感じられます。そういう気分になるお店とは、たいてい店主の雰囲気がよろしい。他にも用務先で見かけたお肉屋さんのご主人の顔が、いかにも美味しいものを知っていそうだ、という顔をしていて、コロッケやメンチを買って帰ったり、日常生活の中で時折このような素敵な出会いがあります。

他方、ぼくは洋服が好きな割に、買い物をすることが大の苦手で、先日の猛暑のおり、あまりの日差しの強さに、帽子を買おうと入ったお店のスタッフの、妙にしつこいセールストークに閉口してしまい、何も買わずに立ち去ってしまったり。またあるときは、洗顔用の石鹸を買おうと、意を決して入った自然派を標榜する高級化粧品店で、思いがけず丁寧で心地よい接客に触れて、気持ち良く買い物をすることができたり。一見同じような対応であっても、嫌だなと思ったり、この人にいろいろ教えてもらいたいな、と思ったり。毎日使うコンビニでも、ちょっとしたものでも、この人にレジをお願いしたいなと思うことは良くあることです。

先月に続いて物売りとしてのギャラリーの話で恐縮ですが、売り場での店員とのやりとりの記憶は、そのまま日々のギャラリーでの振る舞いのことを考えるに至ります。ギャラリースタッフのお客様との理想的な距離感は、この仕事を始めてからずっと気になっていることで、サラリーマンディレクターを辞めた少なくとも10数年来絶えず頭の片隅にあります。
理想のスタンスとはいかなるものか、未だ模索中です。

一昔前ですと、ギャラリーといえば、会場に足を踏み入れても白い空間は無人で、壁の向こうにあると思われる事務所では、ガサゴソと人のいる気配は感じられるが、基本的に足を運んできた者には顔を合わさないというのが当たり前の時代でした。いま増えている新しい世代のギャラリーは、積極的に来場者の方々とコミュニケーションを取ろうと努力をしているのが感じられます。個人的にはとても良い傾向だと思います。先日も、かなりまとまった数のギャラリーを見て歩いた折、大抵のギャラリーでは、新しい感性との出会いを適度にアテンドしてくださったギャラリースタッフのおかげで心地よく作品を楽しむことができました。

作品の説明を聞こうと思ってしまうと、未知の作品の旨味成分を水道水で洗い流してしまうような気持ちになってしまいます。
こういう時は初めから正解を求めるような、あるいは作家さん側が考える解へ誘導するようなフロアトークは面白くない。
想像力を膨らませてくれたり、その魅力的な世界へ入り込むための小さな鍵をそっと渡してくれたりするような、さりげない作品の説明が望ましいと思うのですが、それ以上に大事だなと思うのは、スタッフであるぼく自身が、写真の美味しさを知り尽くし、味わい尽くしている人だと、思われなければならないことかな、と思います。つまり、この間思わずメンチカツを買った、あのお肉屋さんのご主人のように、この人がお勧めするなら、美味しいに違いない!と思われるようなギャラリストにならなければいけないのだ、と最近思っています。

篠原 俊之

篠原 俊之

1972年東京生まれ 大阪芸術大学写真学科卒業 在学中から写真展を中心とした創作活動を行う。1996年〜2004年まで東京写真文化館の設立に参画しそのままディレクターとなる。2005年より、ルーニィ247フォトグラフィー設立 2011年 クロスロードギャラリー設立。国内外の著名作家から、新進の作家まで幅広く写真展をコーディネートする。

Reviewed by
鈴木 悠平

価値を届ける仕事、接客業というのは難しい。
まず大前提として、私たちが自信を持ってオススメできるだけの商品理解と愛情がなければならない。
だけど、販売員が滔々と語ることで、お客さんが自ら考えるよりも先回りしてしまっては、興を削ぐ。
直接的ではないのに、全身から「この人、この作品が好きなんだろなぁ…」と感じさせる接客もある。
そういう時は、思わず買ってしまう。

「売ろう」という出口から入っちゃ、だめなんだろうなぁ。
私自身の「美味しい」・「楽しい」があって、「あなたもどうですか?」のおすそ分け。

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