生活とアート

長期滞在者

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赤坂見附、東京写真文化館で仕事をしていた頃、一番印象的だったのは、日本に駐在している外国人のお客様が、夕方になるとしばしば、友人との待ち合わせ場所にしてくれていたことです。2000年前後のことですから、外国人というと、アメリカの証券会社の人が多かったと記憶しています。食事に行くのか、映画でも観るのかそこまではよくわかりませんが、他人を待たせるのに500円ちょっとの値段で静かな雰囲気でアメリカ近現代のスタンダードの作品を見ながら、相手が来るのを待つというのはとても粋なアイデアだと今でも思います。
そういうお客様は、年に何枚か作品を買ってくれていました。といっても著名で価値のハッキリした海外作家のものではなく、買ってくれるのはいつでも初個展か、それと同等くらいの日本の新人の作家のものでした。せいぜい5万円以下、安い作品だったら2、3枚買って行く人もいました。自分用かもしれないし、もしかしたら、友人へのギフトとしても買っていたかもしれません。
こういった場面を間近に接していた身としては、彼らの生活の中に普通にアートとか写真が取り込まれていることにとても驚きました。ニューヨークでも西海岸でも日曜日のギャラリー街は家族連れでギャラリーのはしごをするのは普通の風景に感じられたし普段は高額な美術館の料金が無料になったり、任意の寄付制になる日は、我こそはとばかりに長蛇の列を作って展覧会を楽しみます。

一方、今日の東京はというと、未だにアートって近寄りがたい存在なのかなと感じることがしばしばあります。先日も日本橋界隈で商売をする人たちの輪に混ぜてもらって、ぼくたちも含むいくつかのギャラリーが露店で参加したイベントがありました。休日の昼間でもあるし、ビールやホットドック、ワインや日本酒の利き酒みたいなブースに人が集まるのは当然としても、食べ物以外のブースは、基本無関係を装って目もくれず、まっすぐに焼き鳥やさんや、ワインバルのコーナーへ向かって歩いて行く人のなんと多いことか、と思いました。小さなお子さんをひとりふたり連れて歩いているお母さんなどは、ほぼ100パーセントただ子供達を連れて露店の中を素通りしているだけ。子供達がぼくたちの露店で何かを見つけたような表情を見せても、そのまま手を引いて立ち去ってしまう場面が多々ありました。そのあまりの余裕のなさにお母さんて大変なんだなと思ったりしました。
ぼくたちの露店に興味を持ってくれた人は、近隣で仕事をしているという、布袋を作っている職人さん、母親と一緒にお散歩を楽しむ20代の女性とか、飲食店で働きながら2年に1回くらい個展を続ける若い美術家とか、日頃から様々なものに好奇心を持ち、未知のものを積極的に受け入れる気持ちを持っている人たちにお見受けしました。数こそ少ないのですが、露店のイベントのあと、実際にギャラリーに足を運んでくれた人も多く、それはそれで素晴らしい出会いの場ではあったのですが、お気に入りの一枚を部屋に飾ろうとか、そういう以前の問題として、日々の暮らしに自然とアートや写真が、ナマの表現に触れることが生活に溶け込む提案をしていかないと、単に平均所得がずば抜けて高い都心部だといっても、それがアーティストたちの思いをしっかりと受け止める場所とイコールにはならないことを近頃感じています。