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3F/長期滞在者&more

壁や床

長期滞在者

壁や床

ギャラリーの白い壁とは、無を意味すると、ある美術館の学芸員の方から聞きました。何もない純粋な白い平面であることが、それは、作品ではなくただの壁なのだ、ということになる。そこにうっすらでも、線のようなものが出ていたら、美術の場合は、何かの作品ではないか、という見方をされる可能性があるのだそうです。

四谷のギャラリーの壁は、前の借主の小林紀晴さんの時代から数えれば、15年ほど使い続けて、無数の釘が打たれ、そこを白いパテで埋めていくことを繰り返してきました。両面テープのようなもの(本当は使わないでくださいとお願いしているのだが)で作品を貼った後に、塗装が、基礎まで剥がれて、デコボコになったり、埋めた穴がどういうわけか盛り上がってきたり、件の学芸員の方にすれば、盛り上がった油絵のテクスチャーのごとく、豊かな表情がついてしまっており、無を理想とするならば失格以外の何ものでもありません。そのうち壁ごと貼り直そうと思いながら、年月を経た壁の風合いもこれはこれでいいかな、と感じたりもして、そのまま今に至っています。

同じく今の床も杉材にワックスをかけただけの板張りで、ハイヒールの凹みや、何かを引きずった傷、塗り直しのペンキが取れずに残ったものなど、相応の使用感があります。木でできた床と壁は、音楽の演奏会をやる時には、良い感じで音が響き、作品を展示するだけでなく、音の鳴りにも都合が良いのをこの空間で何度も経験しました。

先日ギャラリーの木製扉と、廊下の球体状のペンダントライトが一足先に取り外され新しい場所へ旅立って行きました。長いこと使い続け、身の回りの空気の一部みたいに感じていた日々のディテールのいくつかが、なくなってしまうと、ものすごく寂しい気持ちになります。ここでの仕事はあと半月ほど残っているけれど、はやく新しい場所で仕事がしたいとも思います。

移転先の空間は壁も床も全てが新品で汚れてしまえばとは思わないけれど、はやくたくさんのひとに使われて、相応の表情をつけてほしい。

四谷の仕事を片付けて、ほぼ毎日工事中の移転先の現場を見ています。設計上は空間も同一で、機能性はむしろ向上しているのですが、いざ出来上がったギャラリー空間に身を入れると、雰囲気がずいぶん違います。空っぽの空間だからなのか、建物が違うからなのか、それはまだよくわかりません。でも明らかに何かが違う。ギャラリーは作品を展示する容れ物にすぎないのだが、使われていない会場は未だ生き生きとした雰囲気を醸し出していない。少なくとも、作品が入っていない空間は、ある種の空気が流れていないことは間違いないと思います。

作家さんの力を借りて、少しづつ壁や床、そして空間に生命を吹き込んでいきたいです。

篠原 俊之

篠原 俊之

1972年東京生まれ 大阪芸術大学写真学科卒業 在学中から写真展を中心とした創作活動を行う。1996年〜2004年まで東京写真文化館の設立に参画しそのままディレクターとなる。2005年より、ルーニィ247フォトグラフィー設立 2011年 クロスロードギャラリー設立。国内外の著名作家から、新進の作家まで幅広く写真展をコーディネートする。

Reviewed by
鈴木 悠平

穴埋めや塗装を繰り返し、デコボコになった壁。ハイヒールの凹みやペンキの飛沫が残る床。15年の歳月が刻まれたこのギャラリーの壁と床は、決して綺麗とは言えないかもしれないけれど、ピカピカで空っぽの新しい空間には足りない「何か」がある。

それだけ多くの人がこのギャラリーを訪ね、たくさんの思い出と作品を残し、彼らの生命の残り香が壁や床へと沈殿していったのだろう。

新しいギャラリーに生命が吹き込まれていくまでには、また長い月日がかかるのだろう。だけどそれは決してゼロからのスタートではない気がする。ルーニィや篠原さんとの「これまで」の思い出を共有している作家さんやお客さんも、きっとまた来てくれるだろうし、この地で「はじめて」出会うお客さんは、新しい空気を持ち込んでくれるだろう。ブレンドされた結果、どんな空間が醸成されていくだろうか。

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