当番ノート 第8期
親から子へ、親から子へ、また親から子へと、その逃れがたい性質は、一族につらなる者たちの血潮の中に受け継がれ、ついには歴史の最後の一瞬にたどりつく。 誇りをいだく美徳もあれば、捨て去りたい呪縛もあった。激情と孤独にからめとられやすい血に翻弄されながら、その業を次の世代ですこしでも減じようと、もっとも傷つき、痛みを負ったものについて、それぞれが手と心を尽くしてそれを昇華しようとした。 祖母は夫婦…
当番ノート 第8期
時間が経つのは早いものでもう、5月も終わろうとしています。 僕が住んでいる街も昨日梅雨に入りました。 こくこくと、たんたんと時間が流れている事を感じます。 今回、ご縁をいただきこのアパートメントさんでこの2ヶ月間お世話になりました。 お付き合いいただきました皆様、本当にありがとうございました。 今回このアパートメントさんに参加させていただいて本当に良かったと思っています。 素直に感じている気持ちや…
当番ノート 第8期
通った学校は、小中高と全部、屋上が立ち入り禁止だった。背の低い僕は、地面に近い視線の世界を生きるのに満足していて、鍵を破って侵入するだけの冒険心も好奇心も持ちあわせていなかったから、この歳になるまで、屋上から街を見下ろした記憶がほとんど無い。 入居して2ヶ月経って、アパートメントの屋上にはじめて上った。マリさんが座っていて、イーゼルにカンバスを広げて絵筆を走らせている。描いているのは眼下の街…
当番ノート 第8期
2ヶ月間、絵についてのごく個人的な事柄を書いてきました。 自分がなぜ絵を描き続けているのかということもいくつかの角度から考えてみましたが、一番大きかったのはインターネットという場があったためだろうと思うのです。 思えばずっとインターネットをしてきました。 「coca」というハンドルネームも、中学2年生で初めてイラストサイトを作った時のもので、それをずっと使っています。 売り物でもなく、賞に出品する…
当番ノート 第8期
写真と文章が同時にやってきた。 初めての写真展と初めての原稿書き。 これまで写真展をしたことないし、文章など書いたこともなかった。 両方とも何をどうすればいいのか分からなかったけど、 やってみろと自分の中の声が聞こえたのでやることにした。 自分では気づいていないものに触れることができそうだったから。 終わってみて、本当にその何かに触れられたのかどうか、その自信はない。 ただ、自分が以前とは少し違う…
当番ノート 第8期
「姉さん、もう一度あのお話を聞かせてくれない?」 顔も体もふっくらとした妹が、痩せぎすの姉にねだった。 「あんた、また聞きたいの?小さい頃から何十回もしてきた話じゃない」 呆れた様子で姉が応える。 「いいの。何回聞いても、姉さんのあのお話はおもしろいわ。恐いところもあるけれど、すごく惹かれるの。ね、お願い」 「確かに、あの話は恐いだけじゃないものね。仕方がないねえ、それじゃあ話すわよ」 これはいつ…
当番ノート 第8期
水の大理石には糸のように細い針で波紋を作る差し手が伸びていた その日は音楽も聞かずにバスに乗って 静かなひとりの時間を過ごした 二枚の羽は静かに呼応しあって重なり合った 二枚の鏡に挟まれて普段は巡り会わないふたつが出会った 静かなカフェで いつ来ても変わらぬもてなしを差し出され ゆるりと寛いだ いろんな話をした 女の子の話はえげつない、と笑った けれど愛があるから、許してね あんな事言って、ほんと…
当番ノート 第8期
人はそれぞれが孤独な水滴のようで、どれほど時と心をかけようと、その心が、その目がうつす世界が、互いにまじわることはない。 それでも、人は手をのばす。ほかの水滴に向かい、濁流に押し流されると知りながら、くりかえし橋をかけようとする。流されたおびただしい涙は、百年たてば、手のひらにおさまるほどの塩の結晶しか残らないとしても。 世で知られる祖母と孫の会話が、色とりどりの毛糸で編んだセーターのよ…
当番ノート 第8期
我が家についている でこぼこな窓ガラス。 僕はこのガラス越しに見る世界が好きです。 形は、よくは分からないし 光もぼやけて、大まかな色しか判断できません。 でも、そこが良いのです。 完璧には見えない、形や色を想像してみる。 色と色、光と光が交じり合ってきれいな世界が広がる。 「きっと、きれいな青空なんだろうな。」 そんな風に考える。 実際の空を見るよりも、いっぱいいっぱい想像する。 そして、なによ…
当番ノート 第8期
「やっほー、元気してる?」 「…なんだ、君か。今日はこれから採寸の予約が入ってて忙しいんだけど」 「もう、まだ何も言ってないってば。ちょっと社会科見学に協力してくれない?邪魔しないからそれぐらいいいでしょ。彼にあなたの仕事見せてやってよ」 「別に構わないけどさ。またそんな若い青年をつかまえて、ナンパでもしたの?」 「ふふ、なかなかいいオトコでしょ」 面接から1週間経った水曜の午…
当番ノート 第8期
才能や技術がなくても、口笛でもできれば誰でも作曲ができるのだと聞いたことがあります。 何年か前、ガレージバンドでちょっとした打ち込みの曲を作ってみようとしたことがあったのですが、どういじくり回しても一曲も完成させることができませんでした。一つのフレーズ、コード進行を作っても、それを発展させることができないのです。どのように脳を使ったらいいのかがわからないのです。 一つの情景があってもそこからなにも…
長期滞在者
生活していれば好きや嫌いは自然と湧き出てくるものだと思うのだけど なぜゆえに好きなのか嫌いなのかもよく考えてみることにしている。 重要なのは結果よりも過程だと思っているからかもしれないし、 それは写真を撮っているからなのか、認知症介護に従事しているからなのか、 もしくは誰でもそう考えるものなのかもしれない。 ぼくが好きなものを想像してみる。 さまざまなものが頭の上でふわふわと思い浮かぶけど、 その…