当番ノート 第28期
ちょうど仕事もなかった私は隙があれば、取材と銘打ったモリヤさんと喫茶店に入り浸った。 「私も書く作業は真夜中にやるとはかどるので、相手してくださると嬉しいです」 そう言うモリヤさんとの会話は、ずっと新鮮で、奇妙なものだった。 この先関わることがないだろうとわかりながら、その場の時間を埋める会話はこの島の中ではまずありえない。島にやってくる人間は大概、大きな決意と共に移り住んでくる。その事情は…
当番ノート 第28期
suicide cats in seaside① ばくばくと鼓動を打ち続ける毛むくじゃらな生物の身体は暖かく、 腕の中にもうひとつ心臓ができたような、奇妙な心地よさがあった。 これから自らの命を絶とうとするものが、突如目の前に現れた関係のない命を救おうとしてる。 その矛盾に疑問が浮かばなかった訳ではないが、 アマリは見知らぬ命をしっかりと抱きしめて水面を目指し泳いだ。 海中から勢い良く飛び出し、目…
当番ノート 第28期
「スーツケース?」 「はい。見当たらないんです。あと去年使っていたはずの手帳も」 診察室はいつもの匂いがした。草のようなハーブの香りが、ディフューザーから静かに流れてくる。 「それが見当たらないことが不安なのでしょうか、それとも・・・」 僕は頷いた。 「それが僕の記憶を呼び起こす鍵のように思えてならないんです」 「なるほど」 医者はそう言っただけで深追いはせず、カルテに暗号のような文字を書き込んだ…
長期滞在者
暑い。とっても蒸し暑い。これを書いているのは8月末の週末なのだけど、先週末くらいから、まだ夏なのだということをベルギーの空がふと思い出したように暑くなっている。 いくら日照時間の少ない、四季の区別のない、天候が不順だから7月8月になっても上着をしまいこむ事が出来ない、そういう国に住んでいるからといっても、やはり暑すぎるものは暑すぎるので、贅沢な話だとは思いながら愚痴も言いたくなる。 エアコンが一部…
当番ノート 第28期
一人でご飯を食べたり、カラオケに行ったり、旅行をする。 という話を韓国の人に言うと、すごく心配される。寂しい目で見られがちだ。 「お一人様」 という概念が、韓国にはまだ根付いていない。 韓国はご飯もみんなで食べるし、何かする時もみんなでしようとする。 外食しようとしても、一人では入れてくれないお店ばかりで大変である。 昔、吉野家の牛丼が進出してきたが、一人で食べるスタイ…
はてなを浮かべる
「では、お願いします。」 僕は腕の中に抱えていたはてなを差し出した。 白衣を着た人がそれを両手で受け取って、薄汚れた秤にそっと乗せる。 「うーん、残念。もう少しといったところですね。」 「はぁ。そうですか。」 「見た目は大きいのになあ。」 また来てください、の一言を添えて、手馴れた様子で僕のはてなは返される。 「次の方。」 すぐさま別の人が入ってくる。 同じようにして、抱えていたはてなを差し出す。…
Native Language
長期滞在者
子どもたちが、たっぷりクリームのかかったイチゴをお皿に山盛り食べることができたら大喜びするように、ほんものの魔女は、子どもをぺちゃんこにつぶすのが最高の喜びなのだ。 一週間に一人は消すぞ、と決めていて、それができないと不機嫌になる。 週に一人で、年に五十二人。 つぶして、ひねって、さっと消せ。 それが、魔女のモットーだ。 (『魔女がいっぱい』より) 夏休み前最後の図書室での時間。今日の本は何だろう…
当番ノート 第28期
お疲れ様です。 僧侶の鈴木秀彰(すずきひであき)です 今回で第5回目。 前回は、僕がなぜお寺のみならずカフェ、図書館や公民館などいろいろな場所で活動をするようになったのかについてお話させていただきました。 その理由は、僕自身を知ってもらうことで、お寺にいる僧侶の魅力を感じてもらい、それが参拝、お寺でのイベント参加につながるのではないかという気持ちからでした。 それがいつしかお寺の敷居を低くすること…
日本のヤバい女の子
【9月のヤバい女の子/理不尽とヤバい女の子】 ●トヨウケビメ(羽衣伝説/奈具の社) ――――― 《羽衣伝説/奈具の社》 岩陰に水音と女の声。 丹波の山にて八人の天女が水浴びをしていた。 飛沫が舞い、傍らに置かれた彼女らの羽衣を湿らせる。薄く発光するように美しい布は岩の上に無防備に投げ出されたままだ。 軽やかに遊ぶ八人に、ふと不穏な影が近づく。近くに住む和奈佐という老夫婦である。彼らはこっそり水辺に…
当番ノート 第28期
扇風機しかない部屋は、すこし暑い。でもあおいがいないから、シングルベッドをひとりで使える分まだ涼しかった。風はないが、一応窓を開け放してベッドで寝そべっていると、星がちらちらと光って見えた。 十年前、流れ星みたいだと一緒に笑った友人は、結局半年もしないうちに外へ出て行ってしまった。あそこは両親が仲が良かったから仕方がない。私たちは手紙を書くよとうそぶきあって、結局住所も忘れてしまった。電話だけ…