長期滞在者
実家に住んでいた頃は、家を出たくて仕方がなかった。人生とはこうあるべきと言わんばかりの、あらゆる押し付けに耐えられなかったからだ。 私の両親は「こうすれば人生は安全だ」という正解を持つ世代だった。大学に入ること、大手企業に就職すること。結婚して子供を産むこと。 けれど私の世代は違う。正解はない。学歴や職歴、家や車を持つよりも大切なことがある。 この家には、正解という虚像に近づくことよりも自分の納得…
当番ノート 第40期
いろ【色】 ①視覚のうち、光波のスペクトル組成の差異によって区別される感覚。 ②華やかな様子・姿。 ③表にあらわれる様子・おもむき。 ④愛情・情事。 いろ・どり【色取り・彩り】 ①いろどること。彩色。着色。 ②色の配合。配色。 ③はなやかな変化。おもしろみ。 -『広辞苑 第七版』より抜粋 - この人たちの世界は何色をしているのだろう。 テレビやスクリーンの向こう側にいる 青色や緑色の瞳を持つ人たち…
長期滞在者
わたしのことを”娘”と呼ぶ人が、久しぶりに泊りにきた。 その人は、こころがとても疲れていた。 わたしもその日、バイト先の人と話して「そろそろ限界にみえる」と言われて、限界、限界、と浅く考えていたところだった。硬い頭を突き破れなかった文章が、バラバラの単語になって、諦め悪く頭の上で跳ねている。鬱陶しい。 不思議なもので、疲れて、”誰かに会ったら壊れそう”という意識に心が傾く手前で、その人は連絡をくれ…
Do farmers in the dark
今回は以前描こうと思って諦めて途中にしてしまっていた漫画を、また描こうと思って、やっぱりまた途中になってしまったものを載せます。すみません。漫画でなくて紙芝居の文字が少ないようなものになってしまっています。以前描いた1枚の絵具の絵をもとにして描いていています。ではよろしくお願いします! do farmers in the dark 第3話 オレンジ色の部屋に住んでる 見…
当番ノート 第40期
20代後半…だからもう5年以上前になる。 30代を目前にして、結婚しはじめる友人たちを見ながら、わかりやすく焦っていた。 あれからもう5年以上経つのだなと思うと本当に早い。 振り返るときだけ時が過ぎる早さを感じるなんて、ずいぶん都合のいい話だけれど。 わたしは女性としての自信のなさに拍車がかかって「モテなければ」と思っていた。 そこであれこれ検索していると、どうやら「モテコスメ」というものが存在す…
お直しカフェ
私はカフェが好きだ。予定のない日にひとまずパソコンと本を持って向かうカフェも好きだし、出かけた先で一休みに入るカフェも好きだ。一人で行く馴染みのカフェも好きだし、気心知れた友人と一緒に古ぼけたお店に突撃して、とりあえずのコーヒーとナポリタンを頼んでみるのも好きだ。カフェと一口に言うけれど、世界中にあるチェーンのコーヒーショップも好きだし、住宅街の陰気な喫茶店も好き、田舎の幹線道路沿いにあるカフェ&…
当番ノート 第40期
歩いていると、こぽこぽと、頭に言葉がわいてくる。 歩きながら書くのは危ないし、かといって、それら全てを書き留めようと何度も立ち止まるのは途方も無い。なんとなく勿体無いな、という気持ちはあるのだけれど、目的地の方を優先させてしまって、言葉を後へ後へと流してしまう。 そうして、歩き終えたら、跡形もない。 どうなんだろう、この夏に。 いつも「わかりやすさ」とか「伝わるかどうか」とか、余白の中にそういうも…
長期滞在者
サッカーのW杯がフランスの優勝で幕を閉じた。 日本戦で奇跡的な逆転勝利をもぎ取ったベルギーが 彼らに準決勝で負けたのはとても悔しかったが、 フランスは巧妙な戦術と正確な技術とで最後まで着実に勝ち続けた。 決勝戦があったのは7月15日。 ぼくはもともとその前々日からパリに滞在する予定があり、 その翌日の14日がフランス革命記念日に当たっていて、 初めてのパリ祭をのんびり満喫する予定にしていたので、 …
当番ノート 第40期
日本各地で古くより継承されてきた民俗芸能は現代を生きるわたしたちにとって、もはや無用の長物なのでしょうか? 開国以降の西洋に習う国策、敗戦以後の民主主義化や高度経済成長などの社会構造の変化を起因として、多くの民俗芸能がいま断絶の危機にあります。…と聞くと「何百年前の開国に何年十年前の敗戦にと、そんな過去の出来事がなんで現在の民俗芸能の存続に関係するのか?」と疑問を抱かれるかもしれません…
当番ノート 第40期
「絵を描きたい気持ちがコロコロと丸まって、小さな犬コロみたいになって坐っている。」 これは日本の前衛美術家・赤瀬川原平によるあるエッセイ(※1)の書き出し。 いわく、この犬コロはふわふわして、トロンとして、とってもさわり心地がいいらしい。 同級生・荒川修作の大胆な絵の具の使い方の話から、光を獲得した印象派による喜びにあふれた筆触の話、デパートで催されていた展覧会での「タッチ不在」の絵について…… …
当番ノート 第40期
あそび【遊び】 ①遊ぶこと。遊戯。 ②猟や音楽のなぐさみ。 ③遊興。特に、酒色や賭博をいう。 ④あそびめ。うかれめ。遊女。 ⑤仕事や勉強の合い間。 ⑥(文学・芸術の理念として) 人生から遊離した美の世界を求めること。 ⑦気持のゆとり、余裕。 ⑧機械などの部材間・部品間に設ける隙間。 あそ・ぶ【遊ぶ】 日常的な生活から心身を解放し、 別天地に身をゆだねる意。 神事に端を発し、 それに伴う音楽・舞踊…
当番ノート 第40期
疲れと眠気でしょぼしょぼした目で家のポストをのぞくと、ジュエリーショップからカタログが届いていた。クリーム色の紙に、やわらかな写真が載った表紙。 そこは、確かにジュエリーショップではあるものの、あまりその言葉は似つかわしくないお店だと思う。 カフェのようなほっと呼吸のできる感覚も、旅をしながら何気ない草花を写真に収めたような雰囲気もある。 「ジュエリー」という言葉の持つギラギラした印象がない。 な…