当番ノート 第44期
――マリさんが家出をしたのは? 10年くらいかね。 ――そのあいだに連絡は? ない。一回も。マリからはもちろんこない。俺からもしなかった。 ――心配ではなかったですか? 心配、心配ねえ。頭の片隅にはいつもいるよ。元気にしてんのかなあって。ただまあ、何も連絡が来ないってことはどっかで生きてんだろうなって。 ――マリさんは出ていくとき、何か残しましたか。手紙とか。 何も残さねえよ。前の日の夜に喧嘩にな…
それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
名前が同じ人をあまり知らない。漢字が同じでも読み方が違っていることがほとんど。なのに、この連休中に滞在した南インド・ゴアの宿泊先のホテルには、もうひとりの「さいこ」が泊まっていたと言う。 滞在して2日経った頃、コンシェルジュの女性が私を呼び止め、「あなたと同じ名前の人にあなたの予約確認書を渡してしまったのだけど、彼女は同じ名前の別人だった」と笑いながら教えてくれた。ゴアのなかでも南ゴアに位置するそ…
当番ノート 第44期
毎年5月6日は、山へ入ると決まっている。 大学1年のときからお世話になっている集落の人たちと、山菜を採りに行く。 今年もまたその季節がやってきた。 前日の5月5日に、東京から新幹線で2時間弱。 高崎を過ぎると、街(正確には駅のある街)は数多のトンネルによって結ばれるようになる。風景は線から点へと変わる。それだけ強く印象に残ることになる各街の風景が、目的地へ一歩一歩近いづいていることを教えてくれる。…
長期滞在者
幼い頃、よく親戚と集まって賑やかに過ごした。大人たちはお酒を飲み、子どもたちはボードゲームをしていた。 色々なことがあって、今後の人生で親戚同士が集まることはもうないだろうという状況になったのだけれど、この家に誰かが来るとそのことを寂しいなんて微塵も思わなくなる。 4月1日(月) 元号発表の日。発表されたね、と純君と言い合う。正直な話、元号改定は手続きに則って決められるものだし、今まで問題だったこ…
当番ノート 第44期
「まちで詩を書く」という企画をはじめた。 町中にある屋外のパブリックスペースで詩を書く。そのあいだそれをSNS上で公開し、同じところにいっしょに詩を書きにくる人を募集する。来てくれた人にはクリップボードとペンと紙を貸し、詩を書く時間をともにする、という企画だ。 場をひらくようになって何年か経つ。 大学時代に長期インターンで作らせてもらった短歌のワークショップを皮切りに、定期的にことばのワークショッ…
Do farmers in the dark
表題:日没 すいません。今回もまた多忙により、まともなものが書けませんでした。自分は食べる、寝る、以外の事があると途端に多忙になってしまう。だから年中多忙です。みんなは食べる、寝る以外に色々やっているように見えるのに、自分はさっぱりダメです。 今回も書いている内容はというと主に自分の最近の事です。 自分、自分、自分、誰かと会った時に話す内容は主に自分の事です。最初は我慢していてもいつ…
長期滞在者
「自由な人間が、死ほどおろそかに考えるものはない。 自由人の叡智は死ではなく、生を考えるためにある。」 というのは、シュレディンガーが『生命とは何か』の 冒頭で引用した、スピノザが『エチカ』に綴った言葉。 で、彼自身はその前書きの中で次のように書く。 「われわれは、今までに知られてきたことの総和を結びあわせて 一つの全一的なものにするに足りる信頼できる素材が、 今ようやく獲得され始めたばかりである…
当番ノート 第44期
――就職活動はいかがでしたか? こんなもんかなってなりました。結果にはそれなりに満足してますけど、でも、最後まであんまりよくわかんないまま終わっちゃった感じはしますね。 ――それはどうして? んー、就活で求められるような考え方というか、考えの土台というか、そういうものと僕の考え方が全然合わなかったからかなー。 ――たとえば、自己分析とか。 そうですね。あと、将来のこととか。3年後、5年後、10年後…
当番ノート 第44期
いつからか、人の手による、ささやかだけど確かな工夫に関心を寄せています。 先週とある駅でも見かけました。 エスカレーターを降りた先に停められていた、清掃道具を入れるカート。 見かけた時は、「クリーンカート」の「ン」から点(ヽ)が抜けて「クリーノカート」になってしまっている可笑しさにひかれてカメラを向けました。しかし数日後にパソコンで写真を見返すと、見かけた時以上にぐっとひかれてしまいました。 清掃…
当番ノート 第44期
ひとりで知らない町に行くと走ってしまう。わたしは生まれてこのかた足が遅く、走っても無用に疲れるばかりなのだが、知らない町並みに晒されているとなんだか走りたくなる。 知らない町はすこし怖い。 繁華街や大きなショッピングモールならまだいい。おだやかな町で、建売の家や、ちいさなスーパーや、ランドセルを背負った子どもを見かけると、脳がゆれるような不安感におそわれる。 わたしは生活のことが怖いのだ。 知らな…