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2F/当番ノート

一人の人を大切にし続けるって、どうして言いきれるんですか

当番ノート 第44期

――就職活動はいかがでしたか?

こんなもんかなってなりました。結果にはそれなりに満足してますけど、でも、最後まであんまりよくわかんないまま終わっちゃった感じはしますね。

――それはどうして?

んー、就活で求められるような考え方というか、考えの土台というか、そういうものと僕の考え方が全然合わなかったからかなー。

――たとえば、自己分析とか。

そうですね。あと、将来のこととか。3年後、5年後、10年後にどんな社会人になってたいですかとか、将来的にこの会社で成し遂げたいことは何ですかとか。わかんないって思うことめちゃくちゃ多かったです。まあ就活なので、そこはうまいこと、外向けの顔作って乗り切れたんですけど。

――将来のことを考えるのは、難しかったですか?

いや、普段何したいかなあって考えるのはけっこー好きなんですよ。僕、就活でスゲーやだなって思ったのが、こう、なんていうのかな、今までこういうことを考えていて、これまでこういう経験をしてきたから、将来はこうなりたい、みたいな。あの考え方が、マジで意味不明でした。だって、これまでどうだったからってことと、この先がどうかってことなんて関係ないじゃないですか。

――これまでとこの先は、関係ない。

たとえば、これまで僕が何かをずっと頑張ってきてたとしても、ある日突然、全然別のことに目覚めるって、ふつーに有り得ると思うんですよね。急に料理が楽しくなっちゃって半年後からシェフ目指すかもだし。そういう不確実さを持ってることっておかしくないし、それが人生を面白くすることもあるし。なんだろう、うまく言葉にできないんですけど、今持ってる価値観とかがこの先も続くって信じきった上で自分の将来のことを話さなきゃいけないのがすごい苦痛だったんですよね。僕はそんなふうに全然考えてないから、就活でそういう話をしてるときは、いっつもウソついてる気分でした。

――価値観は日々変わっていく、ということを身をもって実感された経験が多いのですか?

多いですねー僕はけっこう。趣味とか好きなものとかもいっぱいあるし、まあ色々すぐに飽きちゃうこともあるんですけど。でも全然それでいいと思ってて。何かをずっと好きでいなくちゃいけないわけないですし、過去に大切にしていたものを急に手放すとかも全然いい。昨日まで目指してた夢を今日突然捨てたっていい。ていうか、そういうことは得てして起こりうる、ってちゃんと意識しておかないと、一瞬でダサくなっちゃう気がするんですよね。

――ダサくなっちゃう?

そう。昔大切だと思っていたものが今も大切である必要なんてないし、掲げた目標をずっと守らなきゃいけないわけじゃないから。もう心から大切って思えないのに、「あのときに決めたんだから」っていうそれだけで何かを大切じゃないのに大切だと思い込もうとするの、すっげえダサくないですか? そのときそのときに大事なものを大事にすればいいんじゃないかなって。

――そう考えると、世の中にある約束事、特に未来や将来に関する約束のほとんどが無意味であるようにも感じられてきませんか。

そうですね、感じます。大事にしたいもの自体はそのときどきでいろいろ持ってて全然いいと思うんですよ。だけど、それってどんどん変わっていくよっていうことを忘れないほうがいいなって思うんです。

――就職だけでなく、それこそ結婚や家族を持つことは、その先の未来まで家族となった人々を「大切にすること」を前提にした約束ですよね。

もしそうなら、僕は一生結婚できないし自分の家族も持てないと思います。同じ人とかモノとかコトを大切にし続けるって、すごい難しくないですか?

――難しい、ですね。本当に。大切にしていると思っていてもいつの間にか情熱が冷めていたり、大切にできていなかったりというのは、往々にしてよくある話だと思います。

ですよね。それこそ結婚した人みんなに、一人の人を大切にし続けるって、どうして言いきれるんですかって訊いてみたいです。ていうか、実際にそれができないから3組に1組が離婚するわけで。誰かを一生大切にするとか、何かを一生守り通すとか、そんなこと、言えるわけない。やっぱり。どうなりたいとか、どうしたいとか、何が好きとか嫌いとか、すごく流動的で、ある一時点で決められるわけがない。

――最初に「これまでとこの先は関係ない」と話していたのは、そういう思いからだったんですね。

そうですねー。ちょっと色々話が脱線しちゃいましたけど、そう。でも実は、自分では薄々わかってるんですけど、怖いんだと思います。ひとつのモノとか人を大切にし続けられないことと向き合うのが。

――怖い?

そう。僕、さっき言ったみたいにけっこー気まぐれで、将来の夢とかしょっちゅう変わってたし、人と付き合ってもあんまり長続きしなくて、好きだなって思ってた子が離れてっても、まあいっか、ってすぐ手放せちゃうんです。でも、周りの皆は当たり前のようにずっと大切にしてる信念とか、何年も付き合ってる彼女とか、子供の頃からの夢とか持ってて。すげーなあって思うんです。それができない自分ってどっかおかしいのかな、冷たい人間なのかなって悩んだりもしました。

――多くの人と在り方が違うことについて、不安になることはあるんですね。

そうですねー、不安にならなきゃ楽なんですけど。僕には好きなものとかやりたいことがたくさんあるし、それがしょっちゅう変わっていくことも事実。だから「ダサくなっちゃう」とか言いましたけど、そういう言葉で自分のこと認めてやんないと、自分はそーゆー生き方を引き受けてるって思っておかないと、ときどき、自分がすげー欠陥品なんじゃないかって考えます。ときどき。就活は、その僕の考え方を真っ向から抹消した前提で質問されることばっかりだったんで、慣れるまでは超消耗しましたね。

Reviewed by
kuma

「ずっと大切だ」という言い切りを避ける人と、どこかで不穏さを感じても、それを口にする人と。いずれにせよ、それぞれに向き合う不安があるのは確かなのだと思う。

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