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2F/当番ノート

ドイツのどこかにいるあなたへ

当番ノート 第1期

こんにちは。
しばらくぶりですね。
あなたと最後に逢ったのはハンブルグで、オーケストラのオーディションを受けに来るからと顔を見に寄ってくれたときだから、もう6年以上も前のことです。
元気にしていますか?
仕事は順調ですか?
私はというと、また音楽と共に生きていくことを決めました。
ついにというべきか、とうとうというべきかわからないけれど、ともかく、演奏家以外の職業を探した末の顛末です。
といっても、まっさらなところからなにもかもをやり直さなくてはならないのでとても大変。
学生時代あんなに仕事があったのは、先生や先輩方にお膳立てしていただいたお陰だったのだなぁと今さらながら痛感しています。
それにブランクがあるとこんなにも人前で演奏することが怖くなるのかと、我ながらびっくりです。
それでも、会社勤めという生活は私には馴染めなかったし、遥かに生きた心地がします。

いったいどうして音楽のない生活を選ぼうとしていたのか、考えてみると不思議。
でも、あの頃はみんながなんの迷いもなく音楽をしているように見えて、私にとってそれはとても奇妙なことでした。
子供だったのだと思う。
自分の人生に責任を持つこと、常に目の前のことに向き合って折り合いをつけることというのはとても勇気のいることだし、正直なところ日々そんなエネルギーを維持し続けることは生半可なことではないと大人になった今でもやっぱり思います。
あの頃の私には、卒業して死ぬほど働いてひらりと外国に飛び立っていった同級生たちがとても眩しかったものです。
その無謀さと野蛮なまでの自由さが(「自由」と「無謀」は、たぶんその頃の私にとって同義語でした)。
そうして彼ら(あなたも含む)は今でも向こうできちんと音楽をしていて。
そりゃあ体力と気力が要ります。

いつか最初の留学先、オーストリアのグラーツにいるあなたを訪た時に案内してくれた、あの街の様子を良く思い出します。
通っているという音楽学校のひっそりとした佇まいや、有名なシュロスベルクの時計塔、異様な存在感のクンストハウス、初めて乗ったトラム(路面電車)。
街全体が開放的で風通しが良くて、こんな場所で音楽の勉強ができるってどんなに素晴らしいだろうと羨ましく思うのと同時に、少しだけ置いていかれたようなさみしい気持ちになったことを覚えています。
4年間一緒に勉強をした仲間が一歩前へ進んでいる、それはもちろん喜ぶべきことなのだけれど、やっぱり悔しい気持ちもあった。
あの頃の私は行き詰まっていて、踏み出そうにも踏み出すべき道がないような気がしていたから。
でもね、あなたにはあなたの葛藤や悩みやあれこれがたくさんあって、もちろんそれら全てをも含む海外生活だったのだろうと思います。
軽々と海を渡って行ったように見えたけれどもね。
私が一番びっくりしたことは、あなたの語学能力です。
ドイツ語をネイティヴと変わらない発音・スピードで話せるようになるのに1年とちょっとしかかからなかったということになるでしょう。
私も1年間ドイツに住んだけれど、簡単な日常会話までしか話せるようにならなかったのに(そうして今はほとんど忘れてしまいました)。
だからね、ああ、この人はヨーロッパに来るべき人だったんだなって思ったの。
日本にいた時より断然元気で楽しそうだったもの。
その場所にしか馴染めない空気というのは、確かにあると思います。

「帰国しないの」と訊ねた私に、「帰る場所がないからね」と答えたこと、覚えていますか?
変なことを言うと思うでしょうけれど、今ならあなたの気持がよくわかります。
どこにも属していないような、むしろ帰属すること自体が希薄な感覚をあなたも持っていたかどうかはわからないけれど、私の場合はその意味で今でもどこに帰るべきなのかわからないでいます。
けれど自分のするべきことというのは昔よりもはっきりとわかっていて、だからずい分と楽になりました。
在るべき理由があるというのはとても大切なことです。
それは音楽から離れたからわかったのだと思う。
私にとって音楽がどいうものなのか、弾くということがどいうことなのかを外からじっくり眺めて、感じること。それをするのに5年近くかかりました。
長かったようで、でもとても必要な年月でした。
たぶん、何かを噛みくだいて掬い上げる作業をするのに人よりも時間がかかるのでしょう(それなのにどういうわけか、勿論そんなことわけないですよ、という顔をしてしまうのが私の良くない癖です)。

今、ヴァイオリンを毎日弾いていて、新しく感じることばかりだということがとても不思議。
それはもしかしたらこれまできちんと音楽とも楽器とも向き合ってこなかったということになるのかもしれなくて、もはや音楽云々だけではなく私の生き方自体を指す問題のような気がしています。
果たして私はこれまで目の前の人ときちんと向き合ってきたのだろうか、って。
今度どこかであなたと逢ったら、たくさん聞きたいことがあります。
あの頃あなたは異国の地で何を感じていたのか。
音楽とどう折り合いをつけ、受け入れてきたのか。
今、どんな風に音楽をしているのか。

私が今何をしているのかということを少しだけお話すると、これまでのようなクラシック音楽ばかりではなくて、芝居や踊りっていう他のジャンルの舞台芸術とのコラボレーションということをちょっとづつ進めています。
これまでもオペラやバレエなんかには触れることがあったけれど、それよりももっと自分と近い距離感の世界。
ちょうど今月、音楽付き朗読劇の公演をさせていただくことになっていて、5日現在でもまだ試行錯誤中なのだけれど(本番は9日)、芝居って演奏することと実はとても近いんだということをリハーサルのたびに感じるからすごく面白いし勉強になります。
でも、なかなか大変なことも多い。
まずヴァイオリンが1本でできることって限られているし、「こうしたい」と思っていることが上手く表現しきれないことがほとんどなの。
そこは室内楽と同じで、ジャンルはどうあれ2人以上の人間がいればその世界観を統一するところから始めなくてはいけないし、そこありきの「何ができるか」だものね。
今回はゲストとしてお琴とパーカッション(実際にはキーボードで演奏することになるのだけれど)をお招きしているので、ずい分と助けられています。
それから、この秋からヴァイオリン教室を始めることになりました。
これまでも教えはしてきたけれど、自分のスペースとしての教室は初めてだからちょっとどきどき、でも楽しみです。
ドイツで受けたレッスンのように、肩肘張らずにお茶なんか飲みながらのんびりできる、そんな教室にしたいなぁと思っているの。
あとはね、お友達のWebマガジンにコラムを書かせていただくことになったりもしています。
作家でもないのにどういうつもりで、と言われてしまうでしょうか。
私もいったい何を書けばいいのか、実はまだちゃんと見えていないのだけれどね。
都度感じていること、考えていることなんかを綴る形になると思います。
そんなところ。
私は元気です。

日本は秋まっさかりです。
空気が少しづつ純化されて、ほんのり甘い金木犀の香りがします。
10月のドイツはたぶんもっとひんやりしていますね。
またヨーロッパの街を歩きましょう。
そうして、歩きながらアイスクリームを食べたり(冬だったらグリューワインを飲んだり)、トラムに乗ったり、銀行の窓口の素敵なおばさまと冗談を交わして笑ったりしましょう(あの時、私にはそこまでドイツ語が理解できなくて、後になってあなたに解説されたことは一生忘れません)。
それから一緒になにか弾きましょう、バッハとかサラサーテとか。

身体に気をつけて。

栗明 美生

栗明 美生

ヴァイオリン弾き。
クラシックを専門に学び、音楽教室講師・オーケストラ・室内楽を主に活動し、ハンブルグに一年滞在した後、朗読や芝居、踊り、画家など他ジャンルとのコラボレーションを中心に活動を始める。
特にインプロヴィゼーションは重要なものとして積極的に参加。
現在はパリのエコール・ノルマル音楽院に在籍。

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