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2F/当番ノート

あの時期あの場所あの人 【第三回:1996バンクーバー 】

当番ノート 第23期

When Where Who
The Period, The Place, The Person

あの時期あの場所あの人 【第三回:1996バンクーバー 】

1996年バンクーバーのあの人は
アイデンティティが国籍や民族性だけでないことを
気づかせてくれた。

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霧の多いカナダの島にある高校を卒業して、カナダ第三の都市、
バンクーバーの大学に進学する事を決めた。
ブリティッシュコロンビア州。ブリティッシュというだけあって、
イギリス色が色濃く残る。ヘリテージハウスに多くみられる、チューダー様式の
建物やきれいに整備された広い敷地の公園。ドライブをしていても
高く青々と茂る街路樹の木に癒される。大学はそんな街なみを
抜けたグレーターバンクーバーの半島部分の先にあった。

敷地内には学部の建物が点在するだけでなく、学生寮、
学生や大学関係者の家族が住める住居、大学病院、
酪農や温室などもある農場、18ホールのゴルフ場、
バレーボールやバスケが本格的にできる体育館、アイスホッケーが
メインのアイスリンク、コンサートやアメフトができるスタジアム、
車の出荷場かと思うほどの大規模駐車場、そんな枠の中に世界中から
人々が集まって暮らしている。学問という自転軸と様々な力が集まって
ゆるい形を成す小さな惑星のような場所。

その惑星生命体らの中に溶込むのに必要なもの。
フリースのベスト、クリップボード、サンダルに厚手ソックス、
レインジャケット、バックパック、ビール、コーヒー、
大学のロゴ入りのもの何でも。
衣服はコインランドリーで洗濯乾燥を繰り返し少しこなれていると
なお良し。

寮はさらにその色が強くなる。そして部屋には大学生協(SUB)で
恒例の大ポスター販売会で購入したポスター達。大学一年は
二人部屋が基本。私のルームメイトはそんなポスターだけに
留まらず、沢山の雑誌の切り抜き(主にイケメン)を所狭しと貼っていた。
特にNHLデトロイトレッドウィングスのSteve Yzermanのものは
気づくと増えていた気がする。隣の上級生は勉強に疲れた時、
そのイケメン壁で癒されに遊びに来たりしていた。そんな他愛もない
事。目的は特にない。人があつまる場はそんな小さなことによって
発生すると、ゆるやかに広がり、変化を自由にしていくのだと
今ぼんやりとその時感じていたと思い出す。
人がなんとなく集まる部屋。ドアは大概開いていた。

ブリティッシュコロンビア州中部の海岸町で生まれ育った
彼女はファーストネーション(日本語では先住民と呼ぶ)、
Nuxalk族の母とヨーロッパ系カナダ人の父を持つ人。
国の中ではファーストネーションという枠、
ファーストネーションの中では外のヨーロッパ人との
「ハーフ」という枠。
自分の立場の曖昧さをどこかで持ち続けていた彼女とは
全く違った大陸の違う言語や文化の中でお互い育ったのに、
話をすればするほど、海の波と砂の様に、お互いの形で
静かにお互いを形成するような。仲が良い、とかとも
また違う、程よい距離感と深度のある会話。余白を
少し持ちながら話せるあの人がルームメートとなってくれた
巡り合わせは属していることによってうまれる安心感や
それにとらわれないことによってうまれる開放感があることを。
それは絶対的なものでなく、枠を複数持つことによって
実は流動的になること。

中でもあり外でもあり続けてきた
その視点や気持ちをその人と共有できたから、
大学という惑星の引力をうまく
使って、自分なりの軌道を作れたのかもしれない。
そして外でもあり中でもありつづけてきたあの部屋のふたりは
ドアを開けておくことに抵抗を感じなかった。

私がアイデンティティには多様性と流動性があると思うことによって、
自己の不明確さを受け入れることができるようになったのは、
1996年バンクーバーにあの人がいたから。

travellrei

travellrei

日本、香港、カナダ。それぞれの場所、同じくらいの割合で過ごした思春期。
ものの見方、軸の置き方、それは文化によって様々であることを肌で感じ、魅了されてきた。
どんな事を思っているのだろう、どんな風に思っているのだろう、
いつも気がつくとそんな事ばかり思っている。
出身地がどこといいきれないことに対して持ち続けたコンプレックス。
歳を重ねるたび、日本という国で培われた文化の層の多様性に
膨らむ恋心。
人はなぜ旅をするのか。
色々な事を思う事が、とりあえず好きなんだと思います。

Reviewed by
oco

不確かさをそのままの形で軌道に乗らせる為に必要な物事。わたしをわたし足らしめる物が何か、迷い苦しみさまよう時期というのは、誰しもあるのではないでしょうか。
ひとはいつも確かさを求めるけれど、求める我が身はとても不安定で常に揺れ動く。不確かさをどうぞおいでと抱きしめる事が出来るなら、もう少し生きやすくなるだろうに、どうしてかやっぱり確かな物は安心するものです。
今回の旅するreiさんの街はバンクーバー。この記事は南アルプスから下山した直後に書いてくださった物で、だからでしょうか、いつにも増して旅の空気が強く、そしてreiさんを形作る上でなくてはならない通過点だからか、とても情景が色濃く香ってくるように思います。
日本人でありながら、異国の地で異邦人として生活をすること。それ自体とても自由で何処へだって行けそうに思うけれど、言葉や文化の違いは、日々の暮らしともなれば見えない形ではっきりとその人の輪郭を露わにさせるものではないかと想像する。大学をカナダで過ごしたreiさんの、外国人として暮らす寮での生活に、”中と外”を同時に併せ持つファーストネーションであり、ヨーロッパとのハーフである”あの人”との暮らし。人は自分の確かさを見つける為に、しばし他人との共有を求める。共有することで、自分の不確かさにある確かさを確認する。
確かとか不確かとか、一体何が基準なのか、それは私が納得できるかどうか、という只ひとつにあるような気もするけれど、reiさんのコラムを読みながら、遠いバンクーバーの、大学のロゴが入ったトレーナーを着て、部屋のドアはいつでも空いているから誰かがいつも何かを訪ねたり立ち寄ったりしにくる、自由で、同時に不自由な学生時代の景色に迷い込んだ。

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