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2F/当番ノート

あけました

当番ノート 第24期

eyecatch

新年あけましておめでとうございます。
今年も引き続き、ご一読いただけるとうれしいです。よろしくお願いします。

早いもので、連載も折り返しを迎え、今回を除けば、残すところ、あと4回。
フェイスブックやツイッターで反応してくれる人以外は、誰が読んでくれているか、いまいちわからないのだけれど、年末に出先のイベントでたまたま会った知人が、「連載読んでるよ~」と言ってくれたりすると、「あ、意外とみんな読んでくれてるんだ」と思い、うれしくなる。
週一の更新は思っていたより大変だけど、そのときに起きたことや、リアルタイムでもらった感想を、文章に反映できる面白さも感じている。
第一回を読み返してみても思うが、僕は文章で、わりとかっこつけてしまうというか、こぎれいにまとめようとしちゃうところがある。連載で自分のことを書くのは、ナマモノを扱うようなものだと思うので、日常の手触りや、文章を書いているときの温度感が、もっと伝わるようなものにしていきたい。

大晦日は、大学時代からの友人が遊びに来てくれたので、一緒に押上駅の近くの銭湯で年を越した。石垣島に住んでいた頃は、湯船に浸かることはほとんどなく、日本的な銭湯文化には上京して初めて触れることになった。今住んでいる京島の長屋「あかりや」でも、ほとんどシャワーしか浴びないので、たまに広い浴場で湯船に浸かると、開放的な気分になり、とても気持ちいい。そんなくつろいだ状態で、友人となんでもない話をするのがまた楽しい。銭湯を出て、そのまま歩いてあかりやに向かう。父ちゃんが送ってくれた燻製や島らっきょをつまみつつ、日本酒をちびちびやりながら、夜中まで語らった。

元旦は予定がなかったので、家から徒歩15分のスカイツリーで連載の原稿を書くことにした。6Fにあるスターバックスの窓際のカウンター席からは、雲ひとつない青空が広がっていて、とても気持ちよかったが、席を探す人々が列を成していたので、さすがに申し訳なくなり、場所を移すことにした。
それにしても、人が多い。つけ麺屋にも、回転寿司にも、抹茶ソフトを売っている茶店にも、人がうじゃうじゃ並んでいる。個人的な恨みはないけれど、視界に数十人の人がひしめき合っているのを見ていると、さすがに気が滅入ってくる。新年早々、スカイツリーまで来て、並んでまでごはんを食べようと思う心理が僕にはいまいちわからないが、まだ行ったことないから、正月休みに家族で行ってみよう、という人も案外多いのかもしれない。

3年近く墨田区に住んでいて、スカイツリーに上ったのは、大学の卒業式で父ちゃんが約25年ぶりに上京した2013年の春、一度だけ。父ちゃんが「めったに東京に来る機会がないから上りたい」と言って、就職で東京に来ることになった弟と3人で上った。混みそうだったので、朝の8時頃に行ったが、それでも30分近く並んだ。次は一体いつになるかわからないが、今度は夜に上って、墨田や浅草の街明かりを見渡してみたいと思っている。

電車はだいたい押上駅を使うので、毎朝のようにソラマチを訪れてスカイツリーを見上げているが、建物の中に入ることはほとんどない。たまに、三省堂書店に本を見に行くぐらいだ。この日は、昔買ったものの、結局読まずじまいだった山田詠美の『ぼくは勉強ができない』を文春文庫版で買い直した(解説は綿矢りさ)。
というのも、『ぼくは恋愛ができない』というタイトルで記事を書こうと思ったからなのだが、思うように書けなかったので、途中でやめて、今この記事を書いている。過去の恋愛模様については、そのうちどこかであらためて書いてみたい。

第三回のキャン語りで、郷さんが触れてくれたが、最近、5年ぶりに彼女ができた。「彼女」という単語を久しく使う機会がなかったので、いまだに口にしていて違和感がある。そんな彼女は、今フィリピンにいて、新年のあいさつはLINEで交わした。元旦は、現地の子どもたちと、海や川で遊んで過ごしたそうだ。彼女は、現在、ミンダナオ島にあるミンダナオ子ども図書館という施設に一ヶ月ほど滞在している。絵本業界の最大手、福音館書店の創始者の孫にあたる編集者・絵本作家の松居友さんという方が設立した、孤児院としての役割も持った施設で、寄付を募りながら、身寄りの無い子どもたち約120人が暮らしている。松居さんは、フィリピンに渡って10年以上経ち、現在暮らしている地域に住むマノボ族の酋長にも選ばれるぐらい、人望の篤い人だそうだ。その活動はメディアでも度々取り上げられている。

世界ナゼそこに日本人?〜マノボ族の酋長になった男〜
https://m.youtube.com/watch?v=17KmC47TgL4

彼女が住んでいる浅草橋のシェアハウスに松居さんがいらしたのがきっかけで、とんとん拍子でミンダナオ行きが決まった。11月末に付き合うことになったが、三日後には羽田からフィリピンに旅立つことになっていたので、クリスマスも、年末年始も、例年通りメンズと過ごすこととなった。
今はインターネットのおかげで、異国にいてもフェイスブックやLINEでやり取りはできるけど、やはり相手の顔を見て、直接言葉を交わせないのはさびしい。次の記事が公開される頃には帰国している予定なので、ミンダナオ島で貴重な体験をした彼女の話を聞かせてもらうのが、今から楽しみだ。

ミンダナオ子ども図書館
http://www.edit.ne.jp/~mindanao/mindanews.htm

連載を読んでくれている、ある友人からは、「今書いているやつ結構他力本願的ね」と言われた。前回の紙谷さんの回とかはまさにそうで、全体の文量の四分の三ぐらいはキャン語りだったので、まあそう言われても仕方はない。
キャン語りは、上がってきた原稿を読む瞬間が毎回とても楽しみで(僕のことを書いてもらっているのでなおさら)、「作家から原稿をもらう編集者の気分ってこんな感じなのかな」と勝手に想像してみたりするのだが、ともすると原稿を読み、紹介文を書いて満足してしまいそうになるので、自分の持ち場はしっかり守らねばならない。自戒を込めて書いておく。

昔から、しばしば母ちゃんに「他力本願寺くん」と揶揄されていたが、他力本願は僕の生き方のスタイルにどうしようもなく染み付いてしまっているらしい。
衣類は、もらったものや、シェアハウスにある誰のかよくわからないものを適当に着ることも多いので、最近、まともに服を買った記憶がない。12月と1月は渋谷のヒカリエでグラノーラを売っているので、そこで着る白シャツを新宿のドンキホーテで買ったぐらいだ。
今使っている自転車は、前の住人が置いていったものだ。この間、駅前に停めていたら、撤去されてしまい、お金がなかったので、しばらく取りに行けなかった。パソコンを持ってなかったので、フェイスブック乞食をして、知り合いから使ってないノートパソコンをもらったこともある。なんでもいいと言っておきながら、コメント欄に「できればMacで」と書いたら各方面からツッコまれまくった。
ちなみに、この記事は彼女のパソコンを借りて書いている。まったく借りぐらしもいいところだ。どんだけ楽したがりなんだよって話だが、キャラ的に許されてやって来れてしまったところもあるので、どこか開き直っている節もあるのが、僕のズルいところだ。「よくないよなあ」と思いつつ、ついつい「まあいっか」で済ませてしまう。紙谷さんにも「喜屋武は加藤くんと違って何気に打算的だ」と言われた。

実家から年賀状が届いていたので、長屋に戻ってから母ちゃんの携帯に電話した。翌日から弟が帰省するそうだ。父ちゃんに代わってもらって、燻製や島らっきょを友達とおいしく食べたことを伝えた。
あまり厳しい言い方はしないものの、両親ともやはり僕の現状は気がかりなようで、仕事のこと、これからのことを心配していた。もっとお金があればなあ、と思うことは年々増えてきたけれど、大学を出て、就職しなかったことに関しては後悔していない。やりたいことや、先々の展望はなかったけど、現実的に考えて、とりあえず就職、と割り切れるような器用さもなかった。過去の自分にうだうだ言ってもどうしようもない。大切なのは、この現状を引き受けて、これからどう生きていくかだ、と自分に言い聞かせる。

年末に久しぶりに会った年下の友人の女の子に言われた言葉が、年の瀬ということもあってか、強く印象に残っている。

・2〜3年前に話してたときに感じた輝きが失われている気がして、つまらない
・喜屋武さんは東京に向いてない
・東京で働くのがデフォルト思考になってるけど、別にそれが正しいことでも、いいことでもない
・週五日決まった時間同じ場所で働くとかじゃないと思う
・一箇所に留まり続けるより、ゲストハウスのヘルパーをしながら各地を回るとかの方がいいんじゃないか
・旅人や表現者と接してる方がたがいに心地よい気がする

なんとなく自分はそっち系なんだろうなとは感じていたし、僕を知る多くの人も共感するんじゃないかと思う。でも、そう思いつつも、実際にそっちの方に向かってアクションを起こすことはなかった。旅をするように生きたいと言いながら、海外に飛び出すこともなく、東京で何か面白いことをしたい、という気持ちだけが、ふわふわと堂々巡りを続けていたのかもしれない。きっと、一年前なら抵抗感を感じていたであろう彼女の言葉が、今はすっと入ってくる。

自分の活かし方と、活きる場所を見つけるのは、人生における数少ない責務なのではないかと思う。僕が今抱えているもやもやは、今いる場所で自分をうまく活かしきれていないこと、自分が自然と活きる場所を見つけられてないことからきているのではないか。社会と自分をうまく接続できず、宙ぶらりんになっているような感覚。でも、僕がイメージしている「かくありたい」像は、紙谷さんが言うところの、ポエム化しつつある「多様性」の域を超えようとはしていないのかもしれない。そもそも、やりたいこと、ありたい自分、がはっきりしていないから、今もこうしてふらふらしてしまっているのだが、「かくあらねば」の圧力は、真綿で首を締めるように、僕の心を日に日に消耗させていく。

「自立」=「ちゃんと働く」「ちゃんとお金を稼ぐ」はもちろん大切なことだが、そこへ至る道筋は一つではないはず。それに気づかず、いつの間にか、見えない鎖でがんじがらめになって、軽やかさを失ってしまっていたとしたら、かつての輝きが失われたと言われても、真摯に受け止めるしかない。むしろ、そういう言葉を求めていたようにすら思う。

そろそろ視点を変えてみる時が来たのかもしれない。もっと高くて、広い場所から、ちっぽけな自分を見下ろせるようになりたい。
今年は、希望に似た、ささやかな光明を見い出すための一年にしていきたい。

image (2)

新年一発目のキャン語りは、ふせちゃんにお願いした。
本人も言及している通り、紅一点、この連載で登場願う唯一の女子だ。
最初、連絡したら「こっそり読んでたけど、感想伝えたら頼まれそうだったから、あえて触れなかった!」「のに、きてしまった!」と言っていた(笑)
ほっとくと、リアルライフ同様、野郎ばっかりの連載になりそうだったので、女性は一人入れたいなと、頭の中の女性陣に思いを巡らしたときに、すぐに浮かんだのが、ふせちゃんだった。

ふせちゃんとは、大学時代に出会った。彼女は当時、僕が好きだったマンガの担当編集者をしていて、それを知った大学の先輩が紹介してくれた。
僕が当時、妖怪の加藤さんたちと住んでいた早稲田のシェアハウスと家が近かったこともあり、仕事帰りや、休みの日にちょくちょく遊びに来てくれた。
彼女は、文学が好きで、シェアハウスに住んでいた読書家の先輩と坂口安吾の話で意気投合していたのをよく覚えている。現代の作家では保坂和志が好きだということは、すこし前に知った。
屈託のない笑顔を浮かべながら、胸の奥に秘めた熱い思いを素直に言葉にしていく彼女には、まわりの人を惹き付ける不思議なエネルギーがあった。明るさの中に、時たま、ちらりと顔をのぞかせる陰が生み出すアンバランスさも、僕には魅力に映った。

最後に会ったのはいつだろうか。たしか青森から出てきたお母さんを連れてCan’s BARに来てくれたときだった気がする。青森で過ごした少女時代、本読みの母親の影響で、彼女が広大な読書の世界にのめり込んで行ったのは想像に難くないし、文学や詩、思想の世界を必要とするある種の切実さが、彼女をして数多くの本を手に取らせてきたのだろう。

目を離せないジェットコースターのような勢いと、台風のように周りの人を巻き込み、惹きつけるエネルギーの強さに「無理しすぎてないだろうか」と危うさを感じることもしばしばあったが、そんなふせちゃんも今では一児の母。
かわいらしい娘さんを抱いた彼女の幸せそうな笑顔を見て、今ではすっかり安心している。守るべき命を得て、一回り大きくなったふせちゃんの、今後の編集者としての活躍を心から楽しみにしています。

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【なぜ喜屋武悠生は「女の子にモテない」などと言われることが多かったのか?】

その人懐こさ故に、一瞬にして男を惚れさす人たらし・喜屋武悠生。
男性陣には異様にモテている喜屋武君であるが「女子にはモテない」なんてレッテル?を貼られている時期があったように思う。
私は今回、もしかするとこの連載中で唯一登場する女子になる可能性も高そうなので、
女子的視点から喜屋武君は「女の子にモテない」ことはないんじゃないかと、
これまでの喜屋武悠生像に一石を投じ、彼の更なる魅力に迫りたいと考えた。

私が喜屋武君に出会ったのは、2012年3月27日。
社会人3年目の春が訪れようとしている頃だった。
年齢は一緒だが、まだ学生で就活中とはいいながらふらふらしている様子の喜屋武君は明らかに私の周りにはいないニュータイプ。
我が家に4、5人が集まって大富豪をしていたところに登場した彼は、隣の部屋の本棚をずっと眺めていた。
その後ろ姿から好奇心の強さがうかがわれた。
当時、喜屋武君はなぜか派手な色の「どてら(半纏?)」を愛好していて、
若返った「フーテンの寅さん」みたいで、私はそんな喜屋武君の風変わりなところにも好感をもっていた。

友達付き合いを始めてみると、思ったとおり喜屋武君は好奇心が強く、人を好きになる力が強い。
おまけに飲み屋の「おとっつぁん」的馴れ馴れしさ(トッツァナビリティ)が生来備わっている様子で、たこ足配線みたいに人と人をつなげる力も強い。
なので、私が漫画家さんに喜屋武君を紹介すると、いつの間にか私より漫画家さんたちと仲良くなっていたりする。
『宮本から君へ』の新井英樹さんと、『草子ブックガイド』の玉川重機さんも、喜屋武君の「トッツァナビリティ」にすっかり取り込まれた様子だ。
正直、今では私より喜屋武君の方がお二人と親しいはずで、想いは複雑である。

この好奇心の強さ、が今のところ唯一、喜屋武君が戦っていく上での武器になるんじゃないだろうか。
前回のエッセイで喜屋武君は紙谷さんに「空っぽ」と評された。結構厳しい。でも事実だろう。
喜屋武君を擁護する訳ではないけれど、「空っぽ」だからこそ、
喜屋武君って人は、好奇心によって、人や才能や情報や愛や何かを、スポンジのように吸収できるのではないか。

「空っぽ」って案外悪いもんじゃない。それを感覚的に教えてくれる詩がある。
詩(ポエム)なんて持ち出したら、紙谷さんに怒られちゃうかな、と思いつつ。
ポエム界の超大御所・谷川俊太郎の作品を引用してみたい。
「うつろとからっぽ」というタイトル。

心がうつろなとき
心の中は空き家です
埃(ほこり)だらけのクモの巣だらけ
捨てられた包丁が錆(さ)びている

心がからっぽなとき
心の中は草原です
抜けるような青空の下
はるばると地平線まで見渡せて

うつろとからっぽ
似ているようで違います
心という入れものは伸縮自在
空虚だったり空だったり
無だったり無限だったり

少なくとも喜屋武君は「無」ではないでしょう。
彼がもし「無」だったら、あなたは好んで、こんな連載は読まないはずでしょう。
彼はそう。「空っぽ」であり、「無限」なのです。
だから、これを読んでいるあなたも、なんとなく喜屋武君のことが気になって、この連載を読んでるんじゃないかなあ。

喜屋武君というのは見ていて飽きない。
やってることは日々変わってるし、危なっかしいし、見ていてソワソワ、説教でもしたなくなるようなところがあるかもしれない。
それでも喜屋武君そのもの、芯の部分(スタイル)に、変化がないから可笑しな安定感もあったりする。

ここで最初の問いに戻ろう。
【なぜ喜屋武悠生は「女の子にモテない」などと言われることが多かったのか?】という問題提起でした。

やっぱり紙谷さんの指摘が圧倒的に正しいように思われる。
喜屋武君は女子に、「空っぽ」、
つまり、何も考えていないように、超絶能天気に、ちゃらんぽらんに見えてしまっているのではないか?

なので、これから喜屋武君と知り合う女子諸君に言いたい。
彼の「空っぽ」性をひっくり返してみれば、「無限の好奇心」なのだ、ということを。
その好奇心で喜屋武君は磁石みたいに、色んな面白いことを(時には厄介ごともあるかもしれないけど)引き寄せてくるだろう。
多分飽きないと思うし、喜屋武君と一緒に過ごす未来は結構楽しんじゃないかな。

布施 洋子(旧姓)

ふせちゃん2

本文中に登場した『草子ブックガイド』は僕にとって思い出深い作品だ。ふせちゃんの紹介で知り合った作者の玉川さんとは、今でも仲よくさせてもらっているし、それが縁で、表参道にある僕の馴染みの本屋さんで、原画展も開催させてもらった。
細やかに描かれた人物や背景には、玉川さんの優しい人柄が滲み出ているし、紹介された本は思わず手に取ってみたくなる。本好きの方にはぜひ一度読んでみてほしい作品です。

草子ブックガイド
http://morning.moae.jp/lineup/96

最後に、ふせちゃんが、かつて僕に贈ってくれた田村隆一の詩を紹介したい。
以前、参加者それぞれが詩を持ち寄って朗読する会に参加したとき、この詩を読み上げたら、珍しく紙谷さんに褒められたことがある。
そのときは、ふせちゃんから教えてもらった詩だということは言わずに、さもありなんという顔をしていた(笑)
あらためて読んでみると、今の僕には、数年前とは違った形で響いてくる。
今回も、谷川俊太郎のすばらしい詩を引用してくれたが、こういう言葉選びのセンスに惹かれて、「ふせちゃんだったらどんな文章を書いてくれるだろう」と思い、お願いさせてもらった。
僕なんかにはもったいなくなるような、あたたかいエールの言葉をもらえて、とてもうれしい。

帰途

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界を生きていたら
どんなによかったか
あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ
あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる苦痛
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう
あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか
言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ち止まる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる

喜屋武 悠生

喜屋武 悠生

1987年8月15日生まれ。沖縄県石垣島出身。2浪1留を経て早稲田大学文化構想学部を卒業。3年のひまんちゅ生活後、28歳ではじめての就職。求人広告の代理店で約2年間の営業マン生活を送る。現在は、墨田区の長屋でシェア生活をしながら、友人と2人で立ち上げたソーシャルバーPORTOを経営してます。

Reviewed by
大見謝 将伍

“「空っぽ」性をひっくり返してみれば、「無限の好奇心」なのだ” ー 当たりまえだけど、自分の知っている自分、と、他人の知っている自分、は違う。裏を表にみてくれる人が、わたし/あなたには、どれだけいるか。

学校の成績表じゃないけども、自分が1と評価していたものを、他人は5と評価してくれたり、自分ではそもそも評価するに値しないと思っていた項目を、他人はみつけ出してくれて評価してくれていたりする。他人が自分を言葉にする、表現することは、喜びでしかない。

人の存在(キャラ)は、おそらく中学校のときにならった因数分解のように、その人をつくる要素が超複雑に組み合わさっていくのだろうだけど、型に当てはめようとする社会では、もしかしたら、その要素すら気付きにくい仕組みになってるかもしれない。

そこで、自分の解だけでなく、他人の解と照らし合わせながら、自分をみつめていくことができたら、それは嬉しいこと。他人の声を拾い、しっかりと受け止められたら、それは実りあること。

自分に対するキャッチボールができるのは、きっと、同じ時間を共にしたり、コミュニケーション量を増やし、言葉の数を積み重ね、互いの意味の違いを確かめあったりして、ふたりを繋ぐ関係性ができてるから。そういった状況なら、くっきりとした自分の通信簿を、彼/彼女はつけてくれるのかもしれない。厳しすぎて、若干へこむこともあるだろうけども。

そうなのではないか、と思える2016年の2日目のお昼過ぎ。あけましたので、おめでとうございます。

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