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2F/当番ノート

ニュー脳 と あとがき

当番ノート 第10期

脳みそ色塗り_低

ニュー脳タイトル

会社から帰宅すると、注文していた新しい脳が届いていた。

新しい脳は、配達用のダンボール箱からすでに取り出され、リビングのテーブルの上にむき出しで置かれていた。嫁も父も母も、新しい脳をもう充分に楽しんだ様子で、グッタリとしながらもトロけた表情を浮かべている。「ただいま」とボクが言っても「はぁ〜」とか「へぇ〜」とか言うだけだ。

まずボクは、サッパリとした服に着替え、洗面所で念入りに歯みがきと手洗いをした。歯ブラシをこれでもかとゴシゴシ押しつける。歯ぐきから血が出ようが、なんのそのだ。石けんを泡だたせて、手もグリグリ洗う。たとえツメがとれてしまったって、、なんのそのだ。

さて、新しい脳と対面だ。
新しい脳は、シワひとつない。ツルツルでキラキラと輝いている。もうどこから見ても新品だ。ボクのすり減った中古の脳とは全然ちがう。興奮する気持ちをおさえて「こんにちわ」と声をかけると、ほのかに黄色く発光してピクピクと振動した。
その振動は、波となり音となり、ボクの鼓膜をしたたかに打ち、電気信号となって中古の脳めがけシャワーのように降りそそいだ。まるで聴いたことのない、未来からやってきたメロディのようだ。その音階によって、体全体が骨からズブズブと溶け、カーペットに染みこんでしまいそうな錯覚を覚えた。

すごい。すごいぞ。ニュー脳。

嫁と父と母を見ると、やっぱりボケた表情で「はぁ〜」とか「へぇ〜」とか言っている。

ついに、新しい脳と接触だ。
それにしても、いくら眺めてみても上手くピントを合わせられない。新しい脳のまわりにだけ、ユラユラとゆれるオーロラのような特別な光が漂っているように見える。そのゆらめく光が新しい脳を包みこんで、大きくもしたり、小さくもしたりしていて、近いのか遠いのかもわからない。
そっと手を伸ばす。視界に入っている自分の手が、まるで他人のモノのように感じるほどのスローモーションだ。どうしてこんなにもゆっくりと感じるのかわからない。指に生えた毛の数さえ数えられそうだ。
ゆれる光の中をかきわけて、ボクの手と指が進む。
もう少し、もう少しで届きそうな気がする。

ぷにぷに。プニプニ。ぷにぷに。

触れた。柔らかい感触が、指先に伝わる。
それと同時に、光が、いや光の束が、ボクの視界を占領するみたいに飛び込んできた。
真っ白がやってきたのだ。真っ白い時間だ。真っ白い空間だ。真っ白い世界だ。
混乱して、何を思って、何を感じているのか、自分でもよくわからない。
そしてそう思った直後、真っ白の向こうからフルカラーのイメージが次々と沸き上がり、光の速さでボクの目に入り込み、中古の脳に直撃した。連続でやってくるイメージが、ボクの脳をふくらませ、呼吸させ、スミズミまで満たしていく。

たとえばそれは、こんなイメージだった。

 
 
 

百万のビー玉が空いっぱいから降りそそいで、アスファルトにぶつかって、割れる。くだける。はじける。

コップに入ったオレンジジュースを青空に放り投げて、夕暮れにしてしまう。

桜の木の下で、好きな人が通るのを待っている。

笑いながら遊ぶ。笑いながら走る。笑いながら転ぶ。

となりに座ったサラリーマンのオジさんと一緒にあくびをする。

公園の噴水から突然、愛が溢れ出す。

自分が死んだ通夜、参列者が口々に「合格!」と言って、自分の入ったヒツギにピースを向けていく。

白い大地にでっかい筆で自分の名前を書く。

世界一眉毛が太い男になる。次に、世界一耳たぶが長い男になる。そして、世界一ヒジが大きい男になる。

会社のイスすべてに、ブーブークッションがぬいつけてある。

朝起きて、窓を開けると、外は一面の平和だった。

初日の出を見にいって、水平線の向こうから昇ってきた太陽が自分の顔だった。

世界中の人たちが、いっせいに「バイバイ、バイバイ」と手をふっている。

おばあさんとおじいさんが手をつなぎながら、虹をながめている。

かなしすぎて、少し笑う。うれしすぎて、少し泣く。

 
 
 

イメージの洪水がやってきて、去っていく。我にかえると、目のまわりがほんのりと温かくなっていた。
手でぬぐうと、涙だった。
新しい脳は、変わらずゆらめく光の中で輝いている。顔を上げると、嫁と父と母がボクを見ていた。

「どう、大丈夫?」と嫁がボクに聞く。

ボクは、ほうけた表情で「はぁ〜」とか「へぇ〜」とか言うだけだ。

あとがきタイトル

2ヶ月間、週1回の連載もこれで最後になります。

まず誘ってくれた良知慎也氏、アパートメント管理人の森山良太氏、自由な空間を提供していただき、ありがとうございました。おかげで日々に発見とうるおいが生まれました。そして第10期各曜日の素敵なライターの皆さん、常に刺激をいただき創作意欲を奮い立たせてもらいました。ありがとうございました。

毎週、毎週、手を替え品を替えどうにかやりきることができ、今はホッとしています。
ボクは日本の片田舎で、これからも皆さんと同じように、朝起きて、食べて、排せつして、なんかして、喋って、時に笑い、時に泣き、時に悩み、やっぱり寝て、を飽きもせず繰り返しながら、足元ビクつかせて生活していきます。ひょっとしたら何処かですれ違うことも、ひょんなことで出会うこともあるかもしれません。そんなことを考えながら、とりあえず今はペンを置きます。

最後に、読んでくださった方々、意見や感想をくださった方々、「いいね」や「ツイート」をしてくださった方々、そのアクションがボクにとって最大の励みになりました。本当にありがとうございました。

さかいかさサイン

さかいかさ

さかいかさ

静岡県在住。世界一長い木造の橋があり、かまぼこの板の生産量が世界一という町に暮らしいます。紙に印刷できるものならなんでも制作して生計を立て、どっこい生きてます。

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