手が振り上がったまま、ブルブルする。
胸が高鳴って、笑顔でピースだ!
大声で叫びながら、今にも走り出したい!
わー
わー
わー
もう一回!
わー
わー
わー
息切れだって、気持ちがいい。
どんどん、行けるんだ。
どんどん、行ってしまおう。
バランスくずして、転んだって、平気。
友達とハイタッチ!
イエーイ!
お気に入りのスカート、ひらひらさせて、飛んじゃうよ。
雨が降ったって、まつ毛でみんな、跳ね返すんだ。
でも晴れがいい、晴れがよく似合うんだ。
もう一回ハイタッチしよう。
パチン!
イエーイ!
ほら、写真取ってよ。
この気持ち、体から溢れて、見えちゃってるよ。
カシャッ!カシャッ!
叫ぶんだ、もっと叫ぶんだ。
みんな、吹き飛ばしちゃう。
わー
わー
わー
みんなが寝息をたてる午前1時。
時々、無性に腹が立つ。
時々、無性に叫びたくなる。
時々、無性にさみしくなる。
少年はそういう時、
二階にある自分の部屋の窓から水をまく。
バケツに水をためて、コップですくって水をまく。
コップから放り出された水は、半透明の闇になって、
地面にばらまかれる。
少年は、ほっとする。
どうして時々こうなってしまうのか、少年にはわからない。
なんでだろう。なんでだろう。
気持ちがこんがらがって、変になってしまう。
「どうして、ボクは…」
つぶやきかけた少年の声を、風が撫でるようにさらってく。
「私、好きな人がいるの」
少年は今日、はじめて失恋をした。
はじめての恋だったのに。
笑った時に小さくなってしまうあの子の目が、好きだった。
耳に生えた透明な産毛がさらさらしているのが、好きだった。
話しかけると喜んでくれたのに。
「こんなことになるなら友達のままで良かったな」
少年は水をまく。
ばしゃん。
ばしゃん。
地面でつぶれる水の音が今日はなんだか違って聞こえる。
ボクの世界ってつまんねぇや。
月がでっかい顔して笑ってるみたいで、
少年は思いっきりコップを振って、水をかけた。
ばしゃん。
水をかけられた月は、怒って夜を終わらせる。
少しずつ明るくなっていく午前5時。
コップを握ったまま眠る少年。
太陽がその寝顔に笑いかけると、
目にたまった水が、
ばしゃんと朝にばらまかれた。
ピカッ! キューン!
ひらひらひらひらひら!
くらくらくらくら!
オレの体、背骨を中心にちりちり縮んでく。
心臓が中からやさしく、そっとなでられたみたいだ。
オレ、どんどん小さくなっていく。
背骨からどんどん縮んでく。
椅子に足がつかない。机遠くなる。
だれも気づかない。世界でっかくなる。
オレの手の平、どんな小さなものだって触れる。
オレの足、クローバーにだって乗れる。
オレ小さくなる!
草をよじ登り、てんとう虫の背中に乗って、水たまりでバタフライ。
だれもオレを見つけられない。
ポリ公だって、監視カメラだって、顕微鏡だって、関係ない。
オレの血管、血があったかくなって漂う。
オレの細胞、クスクス、ゲラゲラ笑い出す。
だれも知らないところへ行く。
だれも見つけられなかった秘密を知る。
オレの声、いくらでも叫べる。大声を上げる。まんぱんの声。
オレの耳、虫たちの楽しい歌声が聞こえる。
オレの鼻、花々のかわいい匂いを嗅ぎわける。
オレの目、空に浮かんだたくさんの結晶を見つける。
オレ、どんどん小さくなる!
ほこりに足を乗せて、ジャンプ!ジャンプ!空の階段を登る。
雲にだって、風にだって乗れる。どこから飛びおりたって無キズだ。
オレどんどん小さくなる!
オレどんどん生まれ変わる!
オレの背骨、恋をした!
オレの背骨、恋をしたんだ!
ちりちり縮む!オレの背骨ちりちり縮む!
小さい!小さい!大切なこの気持ち!
オレの背骨、恋をした!
ズギャーン! ドカーン!
ギリギリギリギリギリ!
グリグリグリグリ!
ワタシの体、背骨を中心にずんずん伸びていく。
心臓が外から無理矢理、ぎゅっとつかまれたみたい。
ワタシ、どんどん大きくなっていく。
背骨からどんどん伸びていく。
家を突き破って、町内を壊滅させる。
雲を越えて、飛び抜けていく。
ワタシの手の平、もうお釈迦様みたいに大きい。
ワタシの足、もうどんなウルトラヒーローだって踏んづけちゃう。
ワタシ大きくなる!
ビルをなぎ倒し、山を踏み潰し、海に入ってクジラをつかまえる。
だれもワタシを止められない。
戦車だって、戦闘機だって、ミサイルだって、関係ない。
ワタシの血管、血が洪水みたいに流れてる。
ワタシの細胞、次から次へと生まれ変わる。
どんなところへでも行ける。
どんな遠くにだって行ける。
ワタシの声、突風になって、目の前のもの、全部吹き飛ばす。
ワタシの耳、海のむこうのウワサ話だって聞こえる。
ワタシの鼻、地中を焼くマグマの匂いだってわかる。
ワタシの目、宇宙のすべてを見渡す。
ワタシ、どんどん大きくなる!
月を投げ飛ばして、火星を粉々にする。
太陽を叩いて、2つに割る。
ワタシどんどん大きくなる!
ワタシどんどん生まれ変わる!
ワタシの背骨、恋をした!
ワタシの背骨、恋をしたんだ!
ずんずん伸びる!ワタシの背骨ずんずん伸びる!
大きい!大きい!大切なこの気持ち!
ワタシの背骨、恋をした!