2014年12月8日『虫』の、つづき。
彼からもらったプレゼントとかさ、
おそろいの指輪とか
そんなのは私の場合どうでもよくて
コンビニに置いてある
置いてあるっていうか。棚の。銀の棒に吊られてる
お泊まりセットとか、そんな名前のあれがさ
化粧水と、
乳液とメイク落としとが入ってる、
あのいやらしい三点セットがさ
いつも私を締めつける
あの防水のジップロックのなかに、私の思い出がいつまでもつまってるんだよ
なんとなく浮ついていた私の気持ち悪い笑顔とか、
ちょっとした背徳感みたいのがさ、あの中にはずっと残っているみたいに思えた
ほんとうにほんとうに目障りで
コンビニ行ってもいつも
あの棚に私はなんとなく近寄れないでいる
もう好きじゃなくなった人に、
たしかに私の触覚は反応してくれないわけだけどさ、
お泊まりセットだけにはまだ、
ぴんぴんと伸びたりするらしかった
夜のコンビニはまぶしい
それだけでも目がチカチカするのに、
細かい色が多すぎて、それも追い打ちになって私をチカチカさせる。
レジに並ぶ。
私の一つ前の女がナッツを買っている
酒のつまみだろうか
もしかしたら家に男を残して来ているのかもしれない
この女にとって、
そのどこにでもあるナッツが
私にとってのお泊まりセットみたいにならないことを願う
昔からお人好しなのだ
この女の人とは、まったくの他人だけれど、
わりと本気で、願った
でも、そういうことをもちろん彼女に話さない
「あの。そのナッツが、いいナッツのままであればいいと願っています」
なんて言ったら、おもむきのかわった人だなあと思われる。
でも、それはそうなんだけど 私が彼女に話しかけないのにはもう一つ理由があってさ、
それは私が本当のことを言うのが苦手だってことで
心のなかにある言葉は、
なんだか本当に綺麗で
口から出た途端に嘘っぽくなる。と、思うから。
私は真剣なのに、みんなに笑われることがある。
でもたしかに、心のなかにある言葉が、空気に触れると変わってしまう。とも思う。
あっさりする? そんな感じかなあ。
もう30年近く生きているんだし、それってもともと嘘なんじゃないかと疑ったこともある
心のなかにあるそもそもが嘘なんじゃないかって。
でも、それはなんとなく違う気がした
私の言葉は、空気に触れた瞬間に
すこおし角度を変えて相手に届く
形も変わる
私の人並みな口臭と一緒に
バレない程度に歪曲するのだ
今夜もどこにでもあるような
くだらないことを考えているうちに家に着く
お風呂でも、
お手洗いでも、
わたしはわたしの大切な時間を使って、
(べつに大切でもないか)
ただ意味もないことを考えたり、ディスカッションしたりしながら過ごす。
もうこんな時間か。
電気を消した
コンビニとはちがって、わたしの部屋はまっくらになった
この胸の動悸は、なんだろう
こんなこと初めてだけどさ、
暗くて眠れないよ
まぶしいのも暗いのも嫌いで、
私はほんとうにわがままだな
結婚もまだ先だねこの調子じゃ。
あのひとの家に置いて来たお泊まりセットは、いまはどうなっているだろう
中身は別の女が使い切ってしまっただろうな
せめてあのジップロックだけは捨てられていないといいな
バンドエイド入れとかそういう、
すこしでも、あったかいものを入れるための物になっていてほしい
口に出さないで
胸のなかで真剣につぶやく
外には出さない、私のなかだけのその言葉が
そういう秘密があるっていうことが
いまの私にはとても嬉しく思えた